キャリアガイダンスVol.432
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 経済産業省に入省して以来、さまざまな社会課題に向き合ってきました。そのなかで感じてきたのが、ルーティンから抜け出して異なる世界に飛び出していく力、既存の概念を打ち破って新しい価値を創り出す力が日本は弱いということです。仕事の仕方を見ていても、投げられたボールを真面目に打ち返すだけの人が多く、言われたことにいかに正確に応えるかという受け身の姿勢が蔓延しています。自分の頭を使い自分以外のリソースを使い、情報・知恵を編集して新しいものを生み出そうとするなかで、「こうしたらどうですか?」「じゃあやってみようか」という知的な掛け合いがあり、組織の壁を超えたオープンイノベーションが起こる。そんな人材や場があまりに少ないことに、大きな危機感を抱くようになりました。 じゃあどうすれば変わるだろうと考えたときに、大人に対してアプローチしたところで対症療法に過ぎない、未来の「いい仕事をする大人」を育てるためには教育から変えていくしかない、という結論に至りました。そこで、自ら提言してプロジェクトチームとして「教育産業室」を立ち上げました。 こうして始めたのが、「未来の教室」プロジェクトです。「学びのSTEAM化」「学びの個別最適化」を軸に、経済産業省の所管である産業界や民間教育事業者と、学校、大学・研究機関などをつないで、さまざまな実証事業を行っています。「学びのSTEAM化」については「『創る』ために『知る』学び」をコンセプトにプロジェクト型で進め、「学びの個別最適化」については、AIを活用した教材などで生徒一人ひとりに合った内容・レベルの学習を行ってきました。まだまだ1合目というところですが、2年間の実証事業を通して見えてきたこと、確信したことがあります。 まず、「学びの個別最適化」は、どのような学校においても可能であるということ。実証校は公立校が多く、不登校の生徒たちのための別室登校教室やオルタナティブスクールでも行いましたが、いずれも驚くような学習成果が出ています。また、自分がわからなくなったところまで戻って学び直しができるため、「やればできる」という自己効力感にもつながることがわかってきました。この流れは今後さらに加速化するでしょうし、させていきたいと考えています。 プロジェクト型学習の効果も検証されています。社会の実情や矛盾、課題などがリアルに見えてくることで当事者としての「問い」が立ち、その問いを探究するなかで、必要な知識や情報を吸収していく姿が見られました。今後のビジョンとして、標準授業時数の枠を取り払い、午前は教科知識のインプット、午後はプロジェクト型学習にあてるといったアウトプット学習重視の学校が出てくるような未来も描いています。 文部科学省の所管である教育に経済産業省がオーバーラップすることには、我々の実証事業の成果が旧来の教育の意識とは違う視点を投げかけるという意義があります。実際、私たちが提言し、「未来の教室」の前提ともなっている「1人1台パソコン環境」は、文部科学省、経済産業省、総務省の3省をまたいだ 「GIGAスクール構想」というかたちで実現に向かいました。 実証事業を通して改めて感じたのが、先生たちの「失敗してはいけない」「きちんとしないといけない」という思いがとても根深いということです。予定通りに進めて想定のオチにもっていく予定調和的な学びは生徒にも見透かされます。だから、生徒は先生に「正解」を求めてしまうんです。そうではなく、「先生もわからないから一緒に考えよう」という姿勢で、悪戦苦闘してときには失敗するところを生徒にどんどん見せてほしいと思います。学校は、失敗してもいい安全な場所なのですから。 一方、実証事業をきっかけに当事者意識をもって動き出している学校、先生方もたくさんいます。今後は、「未来の教室」というコミュニティを一緒に動かす教育界の騎手たちと、大きなインパクトにしていきたいと考えています。先生自身が一緒になって作ろうと動き出せば、社会のさまざまなステークホルダーと協働できるはずです。目の前の子どもたちが出ていく社会がどうなるのか、何を求めているのかを考え、いろんな人とつながりながら学校をアップデートしてほしい。何よりも、先生たちにもっと楽しんでワクワクしてヒーローになって輝いてほしい。そう期待しています。欲しい人材を育てるには、教育を変えるしかない産学官民をつなぐ実証事業で未来の学びの在り方を考える人とつながりワクワクしながら、学校をアップデートしてほしい取材・文/笹原風花 撮影/竹内弘真262020 MAY Vol.432

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