キャリアガイダンスVol.432
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 インターネットの黎明期にIT企業などでプロジェクトの立ち上げに携わり、ゼロから新しいものを創って世に出す楽しみを体感しました。その後、Peatix.comを共同創立して東南アジアの責任者を務めることになり、シンガポールに家族と移住しました。シンガポールでは世界のさまざまな人と触れ合う機会があり子どもたちものびのびと育ったのですが、帰国して日本の学校に通うようになると、当時小学3年生だった息子の顔が曇るようになりました。いじめられているわけではないけれど、窮屈で楽しくないと言うんです。この学校は息子には向いていないかも…と思い、他にどんな選択肢があるかを探すようになりました。 日本の学校を調べていくなかで、世界にはどんな学校、教育があるんだろうと興味をもち、カリフォルニアなどの先進的な教育を見に行くようになりました。そこで受けたのは、インターネットの黎明期に受けたような大きな衝撃でした。私たちの生活をガラリと変えたインターネットと同じように、学校や教育というプラットフォームが変われば子どもの生活や学びの在り方のすべてが変わるんじゃないか、と感じたんです。 自分にできることが何かあるはず。そう思って衝き動かされるような思いで始めたのが、映画『Most Likely to Succeed』の上映会です。映画を通じて今の日本の教育とは異なる教育の存在を日本の人たちに知ってもらい、いわゆる普通の学校、普通の生徒であっても意志があれば変われるのだというビジョンを伝えたいと、FutureEdu Tokyoという有志団体(当時)を立ち上げて活動を始めました。 『Most Likely to Succeed』は、AIやロボットが生活に浸透していく21世紀を生きる子どもたちにとって必要な教育とはどのようなものなのか、というテーマについて、有識者へのインタビューや学校での実践事例で構成されたドキュメンタリーです。観た方には「日本とは違ってすごいね」で終わってほしくなかったので、上映会は必ず対話の場とセットで開催しました。日本では、教育についてフラットな立場で対話をする機会がこれまで少なかったと思うんです。 アイデア自体に価値があるのではなく、それを実装することに価値がある。長くIT業界でビジネスをしてきた者として、私はそう考えています。いくら知識やアイデアがあっても、行動しないと何も変わりません。だから上映会でも、「知る」だけでなく、どんな小さなことでもいいから「明日から何をしたいか」をもち帰ってもらうことを大切にしてきました。 有志による上映会が全国に広がるにつれ、参加者を中心としたコミュニティができ、映画に出てくるHigh Tech Highの先生を呼んだ研修会などを開催するようになりました。そして、自分でPBLを実践する先生も出てきました。着火してがんばっている先生たちをサポートするなかで感じたのが、本質的なPBLのためには、もっと社会の現場の人たちを巻き込み、先生とつなげなくてはいけないということ。そこで立ち上げたのが「Learn by Creation」です。「『創る』から学ぶ」をコンセプトに、創造するプロセスを通して学ぶという新しい学びの文化を広げていこうと、クリエーターをはじめさまざまな人や企業に賛同していただき、2019年8月に初めて開催しました。 「Learn by Creation」は、出会いの場であり仲間探しの場です。例えば、先生、クリエーター、企業の人や専門家がチームになって行ったハッカソンでは、5チーム中3チームがここで生まれたアイデアを後に実現させました。「先生」という鎧を脱いだ状態で協働して創る姿は、とてもイキイキとして見えました。今後は「Learn by Creation」を通してコミュニティを作り、意志ある先生たちに伴走し、点を線へとつなげていきたいと考えています。 学校という枠組みを超えて、社会を創る大人たちと子どもたちが共に学ぶ場やエコシステムを創る。これが、私が今描いているビジョンです。そして、政策面にこの流れをどう反映させていくか、先生たちの挑戦を支える資金をどう調達するかが、今後取り組むべき課題だと考えています。 多様化・複雑化が進むこれからの社会では、それぞれの得意分野を活かしつつさまざまな人が協働することが必須になります。先生方にはぜひ、学校を飛び出し、いろんな人と出会いつながり、協働して創る楽しさを知ってほしい。そう願っています。プラットフォームが変われば子どもの学びは大きく変わる社会を創る大人たちと子どもたちが共に学ぶ文化を創りたい対話とセットにした上映会、そして「Learn by Creation」へ取材・文/笹原風花 撮影/竹内弘真未来の学校は“今日”の中にある教育こそが、日本の未来を変えていく292020 MAY Vol.432

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