キャリアガイダンスVol.433
3/64
高校時代のことはあまり記憶にないのですが、よく変なやつだと言われていたことは覚えています。たぶん、人の目を気にせず、我が道を行くという感じだったからだと思います。本はほとんど読まず、将来の夢も特になかったです。 小説をたくさん読むようになったのは大学に入ってからですね。地元の書店で『黒い家』(貴志祐介著/角川書店)というホラー小説を見つけ、読んでみたらすごく面白くて。それ以来サスペンス小説にハマって、講義中も読むようになり、3年生の終わりごろには300冊超を読破していました。 大学4年生になっても将来やりたい仕事はなく、とりあえず興味のありそうな会社に応募してみたんですが、あまりうまくいきませんでした。実は当時、『銀と金』(福本伸行著/双葉社)という漫画の影響で、「大金を掴まないと見えないすごい世界があるなら見てみたい。そのためには社長になるしかない」と密かに野望を抱いていたんです。 でも就活の段階で苦労してる時点で社長になるなんて無理だなと早々に諦めました。それと、300冊を読破するころには、自分の頭の中に面白い話が浮かぶようになっていました。そのうち「僕のアイデアは世の中に通用しちゃうな。売れっ子の小説家になれるに違いない」と思うようになり、就職するのはやめて小説家を目指すことにしたんです。 大学卒業後は週に2~3回、コンビニの深夜アルバイトをしながら小説を書くという生活を始めました。といっても最初のころは遊んでばかりでした。それでも20代の頃は将来に対してあまり不安を感じてなくて、まだ根拠もなく小説家になれると信じていました。 不安を感じるようになったのは30歳を過ぎたころですね。普段は自信満々なんですが、時々「自分には小説家の才能なんてないんじゃないか」と、溜め込んだ不安が一気に襲いかかってくるんです。また、小説の方も8割くらいまで書くんですが、文学賞の応募締め切りに間に合わないことが多かったので、こんな調子じゃ40歳過ぎても小説家になれないと。35歳を過ぎると就職が難しくなるから、それまでに就職しようとハローワークに行ってたまたま見つけたガスを扱う会社の求人に応募。あっさり採用されて、2018年4月、34歳でガスを容器に詰める仕事を始めました。 だからといって小説家の夢を諦めたわけではなく、書き続けていました。それまでに文学賞に応募、落選して審査員に批判されたことを反省して、より面白くしようと、途中まで書いた作品を何度も書き直しました。そうやって完成させた『怪物の木こり』を宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞に応募したところ、大賞を受賞できたんです。人から批判を受けたとき、反省してよりよくするためにはどうすればいいのかを毎回考え続けたことが、夢を叶えられた最大の理由だと思います。以降、小説執筆の依頼が増えたので、現在はガス会社を退職して小説家1本で生計を立てています。 これまでの道のりを振り返って思うのは、負けることも失敗することも楽しかったなということ。僕は自分の作品に対する批判さえも楽しんでいるフシがあります。なぜなら心が揺さぶられるから。人生で一番よくないのが心がまったく揺さぶられない状態のまま死んじゃうことだと思うんです。そんな人生、つまらないですよね。だから高校生の皆さんには批判されたり負けたりするのを覚悟の上で、変なやつと言われても気にせず、どんな些細なことでもいいから挑戦してほしいですね。1984年、神奈川県生まれ。横浜市立戸塚高校、帝京大学文学部心理学科卒業後、アルバイトをしながら小説家を目指す。2018年4月、ガスを扱う会社に就職。工場でガスを容器に詰める仕事に従事しつつ、小説執筆を継続。同年10月、『怪物の木こり』で、宝島社が主催する第17回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。くらい・まゆすけ希望の道標取材・文・撮影/山下久猛心を揺さぶられる体験をするために、人の目なんて気にせず、失敗を恐れずトライしてほしい小説家/倉井眉介32020 JUL. Vol.433
元のページ
../index.html#3