キャリアガイダンスVol.433
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432020 JUL. Vol.433『社会正義のキャリア支援』下村英雄著図書文化社長期失業、格差、貧困、外国人、性的少数者など、社会の縁辺で苦しむ人々に向けて、今、全世界で広がりつつある社会正義=社会的公正を実現するキャリア支援とは。本邦初の本格的な概説書問題を解決する主体となるべく生徒にキャリア教育を行うという議論もある。 例えば、「社会正義のキャリア教育」論の第一人者であるアービングという研究者は、生徒に、自らの手で自分たちが生きる環境や社会を作り変えていく問題意識をもたせることをキャリア教育論の枠内で重視する。そのため、通常、キャリア教育で言う「自己理解」「職業理解」の他に「批判的理解」を求める。自分たちの力で、今ある社会を少しずつ良いものへと変えていくよう、生徒を導いていくことも社会正義には含まれる。 成績の良い生徒たちやそうした生徒が通う進学校では、社会正義の議論に関心が薄い場合がある。しかし、むしろそういう生徒こそ、実際に社会や世の中を変えられるような仕事に就く可能性がある。恵まれた天分や資質は少しでも社会を良くする方向へと使ってほしい。このように説くことも「社会正義のキャリア支援」の重要な取組となる。 同じような意味で、「社会正義のキャリア支援」論では、現在、ディーセントワーク注5やSDGs(持続可能な開発目標)のような目標とも接点を見出している。そして、キャリア教育・キャリアガイダンスを、さまざまな社会問題の解決のための方策として位置付けようとしている。 キャリア教育・キャリアガイダンスにを自由に生きるために行われる。戦時中の日本の進路指導は、大正デモクラシーを背景にした自由な雰囲気から、ほんの10年で瞬く間に一変し、国の目標が優先された。だからこそ戦後の進路指導は基本的には夢ややりたいことを強調した。自分で決めるということに対する強い憧憬は、キャリアガイダンスの根幹に組み込まれている。だから、自己効力感を高め、自ら進路やキャリアの選択に向かうという気持ちを作ることもエンパワメントに含まれる。文字どおり、生徒に将来を歩む力を与えることが、ここでは重視されるのである。 最後に「アドボカシー」は、本来、生徒に代わって、生徒の代弁者になって、関連諸機関に働きかけ、生徒の進路選択やキャリア発達の環境を改善するような取り組みである。 例えば、「社会正義のキャリア支援」に関する外国の専門書に、メキシコからの移民の父親が失業したため家庭が荒れてしまった生徒の事例がある。長男もぐれかかり、学業成績は下がり、昇級試験にも落第した。もともと長男は野球推薦で大学に行ける腕前で、それは、さまざまなことを成し遂げるたくさんのポテンシャルがある。 地域によっては、高校がほぼ唯一といっていい若い力の供給源であることもある。やる気と能力のある若者が地元で有望な産業に就職すれば、そこで小さなイノベーションを起こし、地元経済全体を活性化することもできる。町で働く人も、そこで物を買い、サービスを受ける人も、みんなが幸せになることができる。 社会全体に影響を及ぼすことができる重要な活動として、キャリア教育・キャリアガイダンスはある。最後に、そのことを、ぜひ、先生方にはお伝えしたいと思う。を狙っていたが、落第が原因で野球チームからも外されてしまった。 この事例で、教員はキャリアカウンセラーと協力して、試験担当の教員と交渉し、家庭の事情を勘案して再テストを受けられるようにしてもらったり、再テストの結果次第では野球チームに戻してもらえるよう交渉した。さらに、父親には英語の習得とアメリカ市民権がとれるような支援先も紹介した。 こうして生徒個人の進路の問題を解決するにあたって、方々に手を尽くして環境を整備するのがアドボカシーだ。私が、若い頃にいろいろ教えていただいた進路指導の先生方のなかには、何人もこういう先生が居て、各方面に話をつけては生徒の進路を具体的に実現していった。現在でもそういう先生方はいらっしゃるだろうと思う。現在の学校が置かれている環境で、どの程度のことが可能かについては、むしろ今の現場の先生方から教えていただきたいと思う。 環境や制度、社会に働きかけるアドボカシーの実践から派生して、社会の進路を見定めにくい生徒のためのキャリア理論と実践特別企画社会問題を解決する主体を育てる「自己決定の手段を増やす」ことを目標に

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