キャリアガイダンスVol.435
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希望の道標取材・文・撮影/山下久猛アートトランスレーター/田村かのこ 皆さんは「アートトランスレーター」という職業をご存じでしょうか。初めて聞いたという人も多いでしょう。なぜなら私が作った職業名だからです。アートトランスレーターとは芸術祭や美術展でアート専門の通訳や翻訳をする人です。と言っても、単に日本語を英語に翻訳するだけではなく、違う言語や文化をもつ人々の間に立ち、さまざまな方法で作品の真髄を伝えていく仕事です。 でも最初からこのような仕事がしたいと思っていたわけではありません。ただ、絵を描くのは幼い頃から好きで、中学校では美術部に入部して部長を務めました。高校からは両親の教育方針でスイスにあるアメリカンスクールに留学しました。アートの授業がとても面白かったのですが、大学でアートを専門的に勉強しようとまでは思いませんでした。当時建築にも興味がわいたので、アメリカのボストンにあるタフツ大学に進学し、土木建築を専攻。建築の勉強も楽しかったので建築家を目指そうかと漠然と考えていました。 でも卒業を目前にして将来の道を考えたとき、やっぱり私が好きなのはアートなので、もう一回ちゃんと学び直そうと、卒業後は東京藝術大学先端芸術表現科に入学しました。二つ目の大学です。 藝大では言葉をテーマにした作品制作に取り組みましたが、自分には才能はないと感じてアーティストの道はあきらめました。かといってなりたいものもわからなかった。自己分析をした結果、人と人の間に入って調整することが得意かもと思いましたが、それって能力とか職業としては名前がついてないんですよね。恩師である木幡和枝先生からいつも「あなたは将来何がやりたいの?」って聞かれていたのですが、はっきりしたことが言えずつらかったです。普通「将来の夢」の答えってひと言で答えられる職業名だと思いますよね。だから私もあるとき、意を決して「通訳になろうと思います」と答えたんです。そしたら、先生は無難に済ませようとした私をちゃんと見抜いて、「通訳はただの職業名でしょ。それを目指すのは違う。田村かのこになれ」と言ったんです。そのときは困惑しましたが、今思えば既存の型に自分を無理矢理はめようとしていた気がします。 悩んでいたある日、母のことが頭に浮かびました。母はファッション関係の広報の仕事をしていて、もう50年も生き生きと楽しそうに働いています。でも母は最初からその職業を目指していたわけではなく、アルバイト先でやってみてと言われてやることになり、始めたら面白くて現在に至る、という感じなんです。私も母に性格が似ているので、「そうか、流れに身を任せて目の前に来たことをがんばるだけでもいいのかも」と思ったら気持ちがすごく楽になりました。 それでチャンスをもらったらとにかく一生懸命取り組むと、また別の仕事に声がかかって次につながりました。その過程で、自分の得意なことを再確認し、アートと人をつなぐ媒介者になろうと決めたんです。卒業後はどこにも就職せず、勝手にアートトランスレーターと名乗り、冒頭で話したような仕事をするようになりました。 私の経験から高校生の皆さんに伝えたいことは、まずは将来の目標が決まっていなくても全然問題ないということ。私も迷走に迷走を重ね、今だって一寸先は闇状態ですが、目の前に来たことに全力で取り組んでいれば、道の行く先は少しずつ見えてきます。また、自分がやりたいことに名称がついていなくても、心配無用。自分でつければいいんです。将来の仕事を考える時に、特に社会や人の役立つ仕事がしたいと思えないからといって自己嫌悪に陥る必要なんてまったくありません。自分をハッピーにする些細なことを続けるために仕事を選んでもいいんです。それが結果的にどこかで社会や人の役に立つはずです。今やりたいことがわからなくても大丈夫。流れに身を任せて、目の前のことに全力で取り組めば光は見えてきます1985年、東京都生まれ。中学卒業後、スイスのアメリカンスクー1985年、東京都生まれ。中学卒業後、スイスのアメリカンスクールに留学。その後、アメリカのタフツ大学工学部土木建築専攻をルに留学。その後、アメリカのタフツ大学工学部土木建築専攻を経て、2009年、東京藝術大学先端芸術表現科入学。卒業後、ア経て、2009年、東京藝術大学先端芸術表現科入学。卒業後、アートを専門とする通訳・翻訳者の活動団体「Art Translators ートを専門とする通訳・翻訳者の活動団体「Art Translators Collective」を共同設立。アートトランスレーターとして活動するとCollective」を共同設立。アートトランスレーターとして活動するとともに、東京藝術大学で非常勤講師としてアーティストのためのともに、東京藝術大学で非常勤講師としてアーティストのための英語とコミュニケーション授業「アートコミュニケーション」を担当。英語とコミュニケーション授業「アートコミュニケーション」を担当。札幌国際芸術祭2020では、コミュニケーションデザインディレク札幌国際芸術祭2020では、コミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐメディエーションを実践。ターとして、展覧会と観客をつなぐメディエーションを実践。http://art-translators.com/http://art-translators.com/たむら・かのこたむら・かのこ32020 DEC. Vol.43532020 DEC. Vol.435

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