コミュニティデザイン学科の先生から「地域創生」という考え方や学問について教えてもらい、興味をもちました。それまでは将来の夢は保育士や考古学者と思ったこともありましたが、真剣ではなかったですね。でも、「地域創生」を知り、サミットの準備に町の人からも協力いただき、地域のために何かしたいという気持ちが湧いてきたんです。 サミットには全国から19もの学校が参加してくれました。同じ小規模校として自分たちと似たような思いや課題を抱えている同世代の仲間がたくさんいることや、うちの学校とは全然違う多様な学校運営や行事をしている高校の存在など、広い世界があることを知ることができたのが大きかったです。SNSの時代に人々と直接関わることの意義を心に刻めた経験となりました。 その後、先生からNPO主催の「マイプロジェクト」のことを教えてもらい、「行ってみたい」と行ったら「行ってこい!」と。興味を示した友人がいなかったので、スタートアップの企画や発表会の見学に一人で参加してみました。行ってくるたびに先生が「どうだった?」と聞いてくれて、「こんなでしたよ」と嬉しくてフィードバックしていました。 狭い世界から外に出て行く経験を積み重ねることで、周りを見られるようになったり、違う生き方をしてもいいんだと殻を破れたと思います。そして、地域創生というやりたいことを見つけることができました。一方で、一人で目立つことをやりすぎてクラスから孤立しそうになり悩んだこともあります。そのときも先生たちが親身に相談に乗ってくれて、「前に出すぎると孤立することもあるけれど、出ないとダメなときもある」と言われ、一人でも大丈夫と思える力を与えてもらえました。だから、もし同じように一歩踏み出したい後輩がいたら、私も「なんでもやってみた方がいい。いいことしかないから」と背中を押してあげたいと思います。うプロセス自体の面白さを知るとともに、出会った他校の友達のパワーやリーダーシップに圧倒されました。自分との違いがショックでしたが、自分ももっとやりたいことを突き詰めていきたいという好奇心に火がつきました。 高校3年になって、「国際理解」の授業で途上国支援のプロジェクトを自ら立ち上げ、リーダー経験が皆無だったにもかかわらずプロジェクトリーダーを務めました。以前は殻に閉じこもっていた私でも、やりたいことが見つかったことで、主体的にリーダーシップが取れるようになれたことを実感しました。 その頃から、「英語を学びたい」というより「英語を使って何かをしたい」と考えるようになりました。オープンキャンパスで「貧困問題は自然発生している訳ではなく、歴史や経済の仕組みによって発生している。だから解決にはバックグラウンドを知る必要がある」と話してくれた先生に魅かれ、上智大学の総合グローバル学部を目指し、学校推薦で入学することができました。 消極的だった私が「あれもやりたい、これもやりたい」と行動するようになったのは、ワークキャンプや模擬国連によって全身に衝撃が走った経験をしたことで、当事者意識と好奇心という強力な内的エンジンが生まれたからだと思います。そうした知識と現実のギャップ、今の自分に足りないものに気づく機会を、学校や先生がたくさん用意してくれていました。高校でのそれらの経験が自分の原点であり、今の私をつくってくれたと思っています。*小国高校主催の「全国高等学校小規模校サミット」の詳細については、小誌429号で紹介しています。 http://souken.shingakunet.com/career_g/2019/10/2019_cg429_18.pdf(上)事前学習の段階から吉田さんが全身に衝撃が走る経験をしたという、カンボジアワークキャンプで。(下)母校の啓明学園高校で、卒業生代表として自身の経験を講演した。プロフィール●2001年生まれ。2017年、全校生徒が80人規模の山形県立小国高校入学。同校が主催した「第1回全国高等学校小規模校サミット」でコアメンバーを務めた。2020年米沢女子短期大学日本史学科入学。地元の歴史を学ぶことで、将来は地域創生に関わりたいと考えている。プロフィール●1997年生まれ。小学校から啓明学園に入学。高校2年時に学校の「カンボジアワークキャンプ」に参加し国際協力に目覚め、上智大学総合グローバル学部在学中に「トビタテ!留学JAPAN」の奨学金を得てアメリカと南アフリカに留学。青年海外協力隊でチュニジア赴任の予定がコロナ禍で中止となり、大学院進学準備中。「まじめで素直でおとなしい」生徒の可能性をどう拓く?今の私をつくった高校時代のターニングポイント132021 FEB. Vol.436
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