キャリアガイダンスVol.436
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神﨑史彦かんざき・ふみひこ●1978年生まれ。1996年に法政大学に法学部論文特別入試で合格。在学中より塾講師を務め、卒業後は大学受験予備校などで小論文の講義を担当する一方、模擬試験の問題作成者として活動。20冊の学習参考書を出版。現在は自らの塾を経営しながら、講演や私立学校での講師を勤め、全国各地の高校教育改革ならびに高大接続事業のコンサルティングを行っている。2020年4月よりスタディサプリ講師に就任。社会人大学院生(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科)。21世紀型教育機構アクレディテーションメンバー。 そうした解決不能な問題に対して、根底に潜む価値観や信念、態度をクリティカルに捉え、「未来はこうもありえるのではないか」と未来について思索(speculate)するきっかけを提供するのがスペキュラティヴ・デザイン。イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートの教授であるアンソニー・ダン氏が提唱したものです(※2)。 私の小論文の授業には常に「未来について考えるきっかけ」を埋め込んでいます。これから高校生が生きる世界にはどういう問題や課題が待ち受けているのか、そのときにどういう未来をつくりたいのか、対話を通して考えるのです。 そうした思索のなかで重要なのは「探究(inquiry)」です。問いを見出だし、仮説と検証を経て新たな問いをたてるという連続した螺旋状のサイクル。その際に肝心なのは、推論の力です。推論というと「演繹(deduction)」と「帰納(induction)」が有名ですが、もう一つ「アブダクション(abduction)」があります。「発見の論理」とも言われ、ある事象を目の当たりにしたとき、自身がもつ知識や経験を結びつけ「きっとこうだ」と仮説を生む推論のことを指します。問いと仮説という発見が伴うので「探究の論理」とも呼ばれます(※3)。 アブダクションで生んだ仮説は、それが正しいか否かを検証しなければなりません。具体論に落とし込み(演繹)、経験に照らしながら検証する(帰納)ことで仮説が強化され、論理を前進させることになります。そして、その後もアブダクション・演繹・帰納を続けていきます。この螺旋の行き来のなかで創造的思考が生まれるのです。 創造的思考を育むためには、演繹と推論とともにアブダクションを交えた推論の訓練が必要です。そのためには高校生が自由に発見し、閃きを許容する学び場をつくることが欠かせないでしょう。一つの正解を追う、知識を一方的に習得させて答案に暗記したものを書き写す、教師が場を支配して生徒を抑圧するといった指導のあり方では、小論文指導は困難だと思います。 「書かない小論文指導」というタイトルの下で、私の指導や考えていることを披歴してきましたが、「授業の中で文章を書かせなくてもいい」というメッセージを伝えようとしたわけではありません。未来を担う高校生が集い、さまざまな知見をおもちの先生がいる教室で、共に世界と未来をつくる機会があってもよいのではないか。そう願い、この連載を書いてきました。 それを可能にするのがPBLです。私が考えるPはProject(未来へ投企すること)ですが、その学びのなかにはさまざまな意味が込められています。Problem,Prototyping,Performing,Passion,Playful,Possible,Positive,Powerful,Practice,Protect,Purpose,Pain,Paradox,Petagogy,Philosophy,そしてPeaceful。 プロジェクトを通して創造的思考を巡らせ、世界中にある傷や矛盾を受け止めつつ、知識を獲得・構築し、自分なりの哲学をもちながら、よりよき善に向かうために世界と未来をつくる学びです。 私は小論文、総合型・学校推薦型選抜における出願書類や面接対策の指導に加え、「総合的な探究の時間」の支援をしています。学校がもつ理念や教育活動と出口対策を一貫させるのが私の仕事だと考えています。 そうしたなかで大事にしていることは、自己実現の成長の過程と、社会の目指すべき姿の実現をともに達成するように支援することです。「自分は何者か」を学びを通して見出し、未来や世界に自己を位置づけ、その実現のための力をどう養成するかを試行錯誤しています。 記事を参考に授業を行ってくださったり、エッセンスを教科教育に取り込んでくださったりしているというお声を頂戴し、嬉しく思います。PBLで統合的に学び、対話を通して互いの内言を掛け合わせながら知を構築し、創造的思考を基に世界をつくる教室が全国各地の高校で生まれることを願っておりますし、そうした先生方の支援を今後も続ける所存です。 いつの日か、皆様の学校現場で出会える日を楽しみにしております。ことができるのか。その世界と未来のなかで自分をどう位置づけるのか。こうした「自己│共同体│世界」それぞれの意義を見つめる機会になることを願いながら、助言を重ねます。 ニーズからの問題発見と解決というのはあくまでも「過去」と「現在」を起点としたものです。これからの時代においては「本当にそういう世界のままでよいのか」とクリティカルに捉え、問題提起することが大切です。 そもそも人類が直面する課題の多くは解決不能なことも多いものです。格差、貧困、環境汚染、資源枯渇、戦争や紛争、犯罪といった社会問題は、資本主義経済や新自由主義というシステムによる資本の偏在が要因の一つであり、そのシステムを変更しようということは困難です。問題発見・解決を超え問題提起できる次世代を育む問いと仮説という発見の伴う「探究の論理」アブダクション連載を終えるにあたり472021 FEB. Vol.436

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