YESかNOで答えられる簡単な問いを出し、答えの違う者同士でペアとなって話し合ってもらいます。すると最初から「違い」が既成事実となっているので、安心して「私はそうは思わないけれど、なぜそう思うの?」と自然に聞きあえる、つまり踏み込めるのです。 問う内容は、「板書で漢字を忘れたらひらがなで書くかどうか」といった軽いテーマでかまいません。大事なことは「違う考えの人と話すと発見があって面白い」「新たな考えが生まれると楽しい」と感じること。その経験が増えるほど「この活動にICTを使いたいか」などという対立軸でも対話できるようになり、そこを起点に「なぜICTを活用するのか」といった本質的な問いも深められるようになります。「違う考えを言うこと」、つまり「対立すること」にだんだん慣れてもらうのです。 同時に、ぜひやっていただきたいことがあります。互いの「背景理解を深める」ことにトライしてみてください。先生同士で「この人の背景にはこういうことがあるんだ」と理解し合える場を作ります。 例えば「先生になったきっかけ」や「今困っていること」を、少人数に分かれてインタビューし合ったり、あるいは各自が気持ちを付箋に書き出し、それを全員でグループ分けしたりします。相手が真剣に自分の背景を聴いてくれた、という経験をもつことが非常に重要です。また、全員で付箋のグルーピングまですると、自然と全員が全員の考えをより理解しようとするように「なって」いきます。 大事なことは、ここでいう「理解」が、自分も同じだというsympathyを抱くことではなく、他者を知的に理解するempathyだということです。empathyとは、自分の靴を脱いで相手の靴を履く、つまり相手の立場に立つことです。自分ならそうはしないと思っても、相手の立場に立って初めて、相 すると相手の中で「反省的対話」が始まるのです。今までの「当たり前」が崩れ、なぜかを考えるようになる。沈黙のうちに自問する「縦の対話」、つまり反省が起きる。その沈黙の時間を一緒に待つことが重要です。 その先に「生成的対話」があります。どうすればいいか共に考えたくなり、他者との「横の対話」が自然と生まれてくる。結果、「これまでの当たり前」が書き換えられていく。同時に、「一緒に考えたり創ったりする仲間」の関係性も育まれるのです。 当たり障りのない会話を続けると、表面上は対立を避けられても、互いの壁を越えられません。「なぜそう思うのか?」と踏み込んでこそ、私たちは協働へと向かえるのです。 そのような対話の場をこの社会に広げたくて、私は、大学の外に出て、街や企業や学校などいろいろな場所で「哲学カフェ」をしています。哲学カフェとは、1980年代のパリのカフェで哲学者とほかの客が対話を楽しんだのが始まりで、普段は照れたり構えたりしてなかなか口にしないことを、肩書や所属にとらわれないでみんなで自由に話すことを言います。 学校組織においても、哲学カフェのような対話で先生同士の関係性を深めていくことが、これからの学校づくりに欠かせないと思っています。 ですが、校内で忌憚なく話すのは難しいと感じる先生も少なくないのではないでしょうか。「対立するのが怖い」という不安もあれば、組織において若手が上に物申すのは反抗的ではないかと気にするなど「立場に縛られやすい」という問題もあります。「同じ立場や考えの人でまとまろうとし、異論は歓迎されない」という同調圧力もあるでしょう。本音を出すのは難しいのです。 それでも、どんな学校でも、いくつかの工夫で対話の場は実現します。 まずおすすめしたいのは「対立から始める」こと。小さな対立を乗り越える練習から始めることです。 例えば、先生たちが集まる場で、「会話」を続けるだけでは踏み込めない「対立から始める」ことで「対話」につながる「対立は乗り越えられる」その経験が対話を促進する「背景理解」を深めて「関係の質」を高めていく図1 組織の成功循環モデル組織の成功循環モデル行動の質結果の質思考の質関係の質「成功の循環(Theory of Success)」は、MIT組織学習センター共同創始者のダニエル・キム氏により提唱されたモデル。対立を乗り越え、新たな価値を創造する「対話」“哲学対話”で紡ぐ組織づくり332021 MAY Vol.437
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