銀行に勤務していた私が、教育の世界に足を踏み入れたのは1962年のこと。父が体調を崩したことをきっかけに、学校法人渋谷教育学園の理事に就任したのが始まりでした。今でこそ進学校として知られていますが、当時の渋谷女子高校(現渋谷教育学園渋谷中学高校)の定時制課程には、働きながら看護の資格を目指す女子生徒が大勢学んでいました。先生方も熱心で、胸を打たれた私は、教育こそ人生をかけるにふさわしい仕事と確信しました。 そのころと比べ、看護師の置かれる環境は変わりました。高度な専門性が求められ、英米の看護師がそうであるように地位や役割、活躍の場は 本学が提携している医療機関は、NTT東日本関東病院、東京医療センター、災害医療センター、JCHO船橋中央病院、日本赤十字社和歌山医療センターなど、すべてが地域を代表する機関です。座学だけでは見えてこないことを実習を通じて積極的に学んでいただきたいし、そうした場で心に留めてほしいのは、私の教育信条である「自調自考」の精神です。文字通り、自らの手で調べ、自らの頭で考えることですが、実はそれに加え「自らを調べ、自らを考える」という意味も込められています。これはギリシャ哲学でいうところの「汝自身を知れ」と同義。学問は、詰まるところ「自分は何者で、何をすべきか」など、自分を知るためにあるのだと思います。決して、国や企業に役立つ人間を育てるためにあるのではありません。 人間は一人ひとり違います。自己を深く理解し、他者との違いを認めることで、互いに尊厳をもつようになれるし、自分にしかできないことを懸命に行うことが、結果として社会全体のプラスにもなる。人間と深く関わる医療人を育成する教育機関として、こうしたことも伝え続けていきたいと思います。【理事長プロフィール】たむら・てつお●1936年生まれ。東京大学法学部卒業。学校法人渋谷教育学園理事長、渋谷教育学園渋谷中学高校校長、渋谷教育学園幕張中学校・高校校長。2002年3月学校法人青葉学園理事長。ユネスコ・アジア文化センター理事長。ブリティッシュスクール・イン東京理事長。【大学プロフィール】2005年開学。医療保健学部(看護学科、医療栄養学科、医療情報学科)、東が丘看護学部(看護学科)、立川看護学部(看護学科)、千葉看護学部(看護学科)、和歌山看護学部(看護学科)、助産学専攻科の5学部7学科、1専攻科および大学院修士課程、博士課程。全日本大学バスケットボール選手権大会(女子)で4連覇中。看護師に求められる役割が広がるなか、他者を思いやり人間について深く理解する医療人に広がりつつあります。男性の看護師も少しずつ増えてきました。2005年に東京医療保健大学を開学したのも、そうしたニーズに応えるため。私の原点に立ち返る縁を感じると同時に、若い人たちと社会とをつなぐ使命感にかられました。 各地のキャンパスに大学院を設置しているのも高度人材の育成が急務だと考えているから。ただし、学部卒業後そのまま大学院に進むストレートマスターは少数です。なぜなら、看護師が対象とするのはあくまで人間であるから。現場に出て多くの経験を積み、そこで抱いた課題感や深めたい研究対象が見つかったときにこそ戻ってきてほしいのです。̶変革に挑む̶まとめ/堀水潤一 撮影/大石博久学校法人青葉学園(東京医療保健大学)理事長田村哲夫552021 MAY Vol.437
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