キャリアガイダンスVol.437
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内省を伴う対話が成立します。合意形成の前段階として重要なのが、「自分たちが対話により目指すものは何か」という上位概念を共有すること。この上位概念は、背景まで含めて自分の意見を伝え、同様に背景まで含めて相手の意見を傾聴し、相手にとっては何が大事で何を優先しているのかを理解していくなかで、形成されていきます。そして、共通の上位概念に向けて各々の考えが変わるという変化が起き、結果として合意形成ができるのです。例えば、国連が発表したSDGsは、さまざまな要素が絡み合うなかで、「持続可能な地球や人間社会を目指す」という上位概念に向けて、世界的なレベルで対話を重ねた結果、生み出された合意です。 一方、対話のベースがなければ、対話は成立せず、意見・主張をぶつけ合うディベートになってしまいます(図2)。ディベートは、勝つか負けるか。ただ勝負が決まるだけで、新しい何かを生み出すことはできません。対立状態のまま、現状維持です。 個人のレベルで考えると、対話がで的な意見の背景にあるものを共有することです。つまり、「なぜそういう意見をもつのか」という部分まで踏み込むということ。人の認知には「意見」とその背景にある「経験」「感情」「価値観」があり、私はこれを「認知の4点セット」と呼んでいます(図1)。どんな経験や感情、価値観がその意見を支えているのかを掘り下げていくことで、相手を理解し、「あの人の意見にはそれなりの理由があるんだ」と共感することができる。そして、お互いに共感することで、きない人は、豊かな人生を送ることが難しくなるでしょう。高度な問題解決や未来創造に携わることができず、誰かが決めたことに従うことになります。自己決定ができないと幸福度は低くなってしまいますし、うまくいかないときに原因を内ではなく外に求めて「どうせ無理だから努力しない」という負のループに陥ってしまう。結果的に、自らのウェルビーイング※2を手に入れることが難しくなるのです。 また、社会に目を向けてみると、この10年ほどで、多様性、ダイバーシティが重視されるようになってきました。これは歓迎すべきことですが、一方で、多様性が新たな価値を生んでいるかというと、残念ながらそうなってはいないと私は感じています。例えば、日本社会がDX(デジタルトランスフォーメーション)に苦戦しているのは、データサイエンティストが不足しているからではありません。それも一因ではありますが、何をどう変えてどこへ向かうべきなのかという大きな構造を考えられる人材とデータを扱える専門家の、領域を超えたコラボレーションができていないとい対話が深まっていきます。 一方、相手に自分の意見の背景を理解してもらうためには、まずは自分自身の意見がどのようにできているのかを知らねばなりません。つまり、内省、リフレクションが必要。「対話はリフレクションを前提にしている=リフレクションが十分にできていない状態では対話は成立しない」という視点は、実は非常に重要です。リフレクションにより自分自身を客観的に見て、自分の「内面」や「枠」を知ること、つまり、メタ認知力を上げることが大事なのです。 対話は、自分の枠を超えて、他人の枠の内に入ってみるという体験です。言い換えると、自分の枠の外から学ぶための方法であり、他者に限らず、自分の外にある「社会・世界との対話を通して新しいことを学ぶ」という捉え方もできます。自分を理解したうえで、それを一度手放し、フラットな状態で異なる世界に入ってみる。そこには、自分が知らなかった新しい世界が広がっています。その出会いこそが、対話の醍醐味だと私は考えています。 対話とは何かを理解し、自分自身へのリフレクションができているというベースがある者同士であれば、共感と対話により上位概念が見出され、未来志向型の合意形成ができる対話を通して学び合い変わっていくことで、対立を融合に変え、未来社会を創造できる※2 ウェルビーイング(Well-being)とは、身体的にも精神的にも社会的にも、良好で満たされた状態にあることを意味する概念。図1 認知の4点セット対話にあたっては、自分の考えについて、「意見」「経験」「感情」「価値観」の認知の4点セットの観点でリフレクション(自己内省)を行うことが不可欠。さらに、他者の考えについても、「意見」だけではなく認知の4点セットを理解することが大切。自己内省どのような経験や知識を前提にしているのかどのような感情をもっているかどのような価値判断をしているのかなぜそう思うのかどのような経験や知識を前提にしているのかどのような感情をもっているかどのような価値判断をしているのか他者への共感なぜそう思うのか意 見経 験感 情価値観82021 MAY Vol.437

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