キャリアガイダンスVol.438
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 泉陽高校では、2019年度に武田校長が2つのプロジェクトを立ち上げた。 ひとつは「授業力向上プロジェクト」。当時の校内には、先生によっては「従来型の講義でも生徒はついてくる」という意識がまだ多少あったそうで、「現状に甘んじず、生徒の深い学びの実現を目指しましょう」という方針を強く打ち出すためだった。 もうひとつは「高大接続プロジェクト」。入試改革に合わせて「生徒や保護者に早く正確に情報を届ける」のが目的だった。 この2つのプロジェクトで、授業のあり方を先生たち自身で多角的に検証したことが、生徒の総合的な学力の向上につながっていく。その経緯を紹介したい。 「授業力向上プロジェクト」では、主体的・対話的で深い学びや自学自習の促進をテーマに、相互の授業見学や研修を行った。 また、生徒による授業評価も活用した。大阪府では、生徒や教員による学校教育自己診断を毎年行っている。その診断結果を分析し、自校の課題を次のように明確にしたのだ。「(2018年度の診断では)『授業で自分の考えをまとめたり発表する機会が多い』に対する肯定的回答は、教員84%、生徒59%と、25%の差があった。生徒の捉え方を把握し、深い学びにつながる授業について全体で取り組む必要がある」と。 その課題感を、教員および学校運営協議会の識者と共有。以降も「自分の考えをまとめたり発表する機会が多い」に対する生徒の肯定的回答率向上を指標のひとつにしている(2020年度には65%まで上昇)。 さらに学校ホームぺージ内の「校長ブログ」で、武田校長自らが各教科の先生の授業を見学して発信。その数は赴任4年目に80本を超えた。学校広報の一環だが、「個々の先生の授業の工夫をほかの先生にも知ってほしい」「見学した先生に良かった点を伝えてモチベーションを高めたい」という思いもあって、継続しているという。 「高大接続プロジェクト」では、主担当の野口先生が、5教科17科目それぞれの先生にこんな依頼をした。「これから始まる共通テストの傾向を分析し、1科目1ページにまとめて生徒に発信してほしい」と。 また、各学年が年4回行っていた模試について「忙しくこなすだけになっている」と判断し、年3回に削減。代わりにここでも「毎回模試結果を分析し、生徒たちの傾向をつかんで進路ニュースで発信してほしい」と各教科の先生にお願いした。さらに「その分析結果を授業に反映してほしい」とも。「プロジェクトのメンバーが共通テストや模試を分析して上から提示するより、各教科のプロである先生方を信じて、みんなで分析と発信をしたほうが、一人ひとりの意識が変わり、授業改善も進むと思ったのです。例えば模試の分析からは、本校の生徒の傾向として、教科書の難しい単語は暗記しているが、社会の一般常識は弱いことなどが見えてきました。そこをおのおのが認識するだけでも、授業の力点は変わりますよね」 地歴・公民科の出いずはら原先生は、一連の取組で「自分の授業が変わった」と感じている一人だ。以前までは「社会科の授業は講義中心でないと難しい」と感じていたが、相互の授業見学で、他教科の先生がペアワークやグループワークを気軽に取り入れているのを肌で感じ、対話型の授業に思い切って挑戦するようになった。 共通テストや模試の分析を通して、「資料を多面的に読み取る力を育みたい」とも思うようになる。授業で図表や文献を示し、「気づいたことを教えて」と、答えがひとつではないことを生徒に問うようになった。「気をつけているのは『対話させる』こと自体を授業の目的にしないことです。その対話をいかにして深い学びにつなげるのか。生徒の思考を深めるにはどのタイミングで何を問いかけ、どんな資料を提供すればいいだろう、と模索し、『発問』と『資料』を厳選するようになってきました」 その授業改善は生徒の姿勢も変えた。「発言の自由度が上がったことで、授業に参加する意欲がより高まったのです。生徒たちはこれまで、教科書に太字で書かれた語句はよく覚えていても、その背景の説明はやや苦手としていたのですが、ひとつの事柄から重層的で広がりのある知識をつむいでいけるようになりました」 武田校長も生徒の変化を実感している。「授業見学で校内を回ると、以前は静かな教室が多かったのですが、今では生徒の活発な声が聞こえてくるんですよ。黙って受け身で学んでいた生徒たちが、自分たちで意見を出し合って学ぶようになりました」 しかも、学校全体で主体的・対話的な学びに舵を切ったあとも、進学実績は下がらなかったという。むしろ上がった。国公立大学の現役合格は例年33%前後だったが、2020年度には40%を超えた。共通テスト以上に2次試験の結果が良かったそうで、「一問一答ではない、思考力や応用力が問われるところで生徒が力を発揮できたのではないか」と先生たちは感じている。泉陽高校(大阪・府立)授業見学、生徒評価、テスト分析から教員が気づきを得て、生徒の深い学びへ授業を多角的に振り返り生徒がより深く学べるように厳選した発問と資料で生徒の思考力や応用力を育む左から、進路指導主事の野口清隆先生、校長の武田温代先生、地歴・公民科の出原小百合先生。各教科の先生が発信する進路ニュース。生徒への情報提供と、先生たちの授業改善促進の両面を兼ねている。取材・文/松井大助授業改善162021 JUL. Vol.438

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