4Vol.440 別冊特集きません。何を学ぶかは与えられ、『今日はこれが大事だからこれを覚えろよ』となる。これでは主体的になりようがありません」 しかし、一斉授業でもたったひとつ工夫するだけで変わると工藤先生は言う。 それは、授業の冒頭で「今日はこの1時間で君たちは何を学ぶの?」と生徒たちに聞くことである。 「何を学ぶ? どんなことを学んで帰る?」。 そうすると、この1時間を自分がどういうふうに学ぶのか意識され、その次に「どんな方法で学ぶ?」と聞くことも有効だ。 自ら学ぶ授業スタイルを確立することによって、生徒たちはどう変わったのか。 「自分から質問するまでに7か月かかった生徒もいましたが、自分の力で質問をした瞬間から学び方が劇的に変わって、わずか1カ月半で中学1年生の内容を全部終えたという生徒もいます」(工藤先生)。 これはまったくやる気を失っていた生徒が復活するまでには、それなりの時間がかかると同時に、自ら学ぶことが始動すると素晴らしい能力を発揮する可能性があるということも示している。 もうひとつ、福井県立若狭高校の事例を紹介しよう。若狭高校は、地域の課題をテーマに設定して、探究活動に学校をあげて取り組んできた歴史をもつ。 特に、地域の名産である鯖を校内で加工した鯖缶がJAXAの宇宙食として採用されたことはよく知られているが、そのプロセス自体が海洋科学科の生徒たちの発案による探究活動だったのである。この事例が示すように、若狭高校で重視しているのは地域課題に取り組むということである。 なぜか。それは、たとえSDGsのような重要なテーマであったとしても、「自分ごと」になっていない借り物のテーマを使っていたのでは、生徒たちは授業中にネット検索するだけで終わってしまうからである。だから自分たちを取り囲む「生(なま)の現実」の中からテーマを発見して設定する。 同校はSSH指定校だったので、先生方には生徒の活動の成果が出ることを優先すべきか、それとも多少のリスクはあったとしても生徒の自主性を優先すべきかで引き裂かれる思いもあったという。しかし、やはり生徒が自分たちで地域の課題を設定できることを優先することこそが大切だという結論にいたったという。その結果、生徒たちは大きな場に出て行って、勇気をもって発表できるように成長したし、それが評価されることでさらに自信をもつように変化していったのである。 また、同校では生徒への調査を実施しているが、探究的な学習を取り入れた学科では、取り入れていない学科に対して、「地域への認識」「主体的な態度」において差がみられることが示されている(福井県立若狭高校「平成29年度指定スーパーサイエンスハイスクール研究開発実施報告書」)。 これらの実践例が示していることは、エージェンシーを発揮すること、自律的に学ぶことは、受験で成功する生徒だから可能なわけではないということである。従来の与え続ける教育ではなく、生徒が「自分ごと」として取り組む環境を用意することで、ごく普通の生徒たちが、自ら学び始め、自信をもって行動するよう変貌を遂げるのである。 世界がエージェンシーを育成する方向に進むなか、子どもたちから自律の力を失わせる教育を続けていることが問題であり、今、日本の教育のあり方が問われているのである。 その変革が今ほど求められているときはない。OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030 図2研究成果:日本イノベーション教育ネットワーク(協力OECD) (innovativeschools.jp)
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