キャリアガイダンスVol.442
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生の娘にとってお弁当は空きっ腹を満たす昼食ですが、作る親からすれば献立に頭を悩ます毎朝のお題です。空っぽになったお弁当箱は「おいしかった」という情報となり、好物を詰めれば「がんばれ」のメッセージにもなる。忙しい親子のコミュニケーションの媒体でもありました。 このように、私たちを取り囲む情報には常に複数の側面があります。こうした情報の多面性を意図的に見られるようになると、自然と問いのタネが集まり始めます。そのからくりは後ほどお話しするとして、ではこの情報の多面性は、どうすれば見えてくるでしょうか。 不思議な錯覚アートを数多く残したオランダの画家M・C・エッシャーに「空と水Ⅰ(※)」という作品があります。魚の隊列がいつのまにか白黒反転して鳥の隊列になっている、有名な錯視絵の版画作品です。これは「地模様」の上に「図柄」を読み取る視覚認識の特性を使ったトリックで、見る側にこの「地」と「図」の反転をおこして、一気に景色を変えてみせるものです。 こうした「地」と「図」の反転は、視覚情報に限らず物事を認識するあらゆる場面で起こります。苦手と思っていた人が、ふと親しく見えてくる。これも何かの拍子に地と図の反転が起こったのかもしれません。私たちは常に「地」(ground)となる情報の上で「図」(figure)としての情報を認識しています。情報の分母と分子といってもいいし、文脈と意味といってもいい。先ほどのお弁当も、娘を「地」とするか母を「地」とするかで「図」として表れる情報(昼食かお題か)が違ってきます。情報の多面性とはつまり、さまざまな文脈(地)の上に展開される、たくさんの意味(図)のバリエーションです。複雑に絡まり合う情報の「地と図」を意図的に動かしていくことで、狭く固まっていた視点が柔らかく広がっていきます。 前回は、思いがけない自分に出会う「たくさんの私」の演習をご紹介しました。「整合性のとれた一種類の私」という幻想から脱して、「柔らかい私」をのびのびとさせ、問いが自在に発芽できるような土壌をつくる作業でした。今回はそうした「たくさんの私」を取り囲む、「情報の多面性」に目を向けてみましょう。 ここでいう「情報」とは、デジタルデータなどの狭義の情報に限りません。部屋の気温や今朝の体調、信号が変わるタイミングや道行く人々の服装、友達のふとした表情から今日のお弁当の中身まで。私たちは常にありとあらゆる「情報」に囲まれていて、日々それらを「編集」しながら生きています。 例えば「お弁当」とひと言でいっても、見る角度によってその顔つきはさまざまです。我が家のことを思ってみれば、高校物事には「たくさんの顔つき」がある情報の「地と図」探究活動からイノベーションまで、世代や領域にかかわらず今問われる「問う力」。「答え方」ではなく「問い方」を鍛錬するにはどうすればいいのか。前回は、問う力を引き出す土壌づくりのため、「たくさんの私」について思考を巡らせました。第2回となる今回は、「問い」のタネを集めていく独自の方法について、お話しいただきます。編集工学研究所 安藤昭子※「空と水I」で画像検索すると見られます。ぜひご覧になりながら、お読みください。442022 APR. Vol.442

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