キャリアガイダンスVol.442
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 言葉の力を使って見える景色を変えてみる方法もあります。「お弁当」という言葉に「に、を、で、の、と、も」などの助詞を切り替えながらつけてみます。「お弁当に」と言えば、何を詰めるかが連想されますし、「お弁当と」と言えば、一緒に持っていくお箸や水筒が思いうかびます。「お弁当の」「お弁当で」「お弁当を」などなど、試してみるとクルクルと景色が変わることを感じられるでしょう。 試しに「マグカップ」を例にして、「〜における」と「地」を入れ替えてみましょう。「飲み物を入れる器」以外の顔つきが見えてきませんか?「お弁当」や「マグカップ」はいたってわかりやすい例ですが、ここに「受験」や「文化祭」といったイベントを置いてみると、関係する人々のさまざまな理屈も願いも見えてきますし、「進化」や「勝利」といった概念についても、地と図を動かしながら多面的に考えてみることができます。情報は常に関係性の中で「乗り換え・着替え・持ち変え」を起こしていて、ひとつの意味のままじっとしているということはありません。 こうした方法によって、身の回りにあるものの「地」を意図的に切り替えながら、今まで意識していなかった側面を見るよう努めてみます。これを応用すると、ニュースで見るような社会問題にもさまざまな見方があることに気がついていきます。各国の思惑が交差する国際秩序の緊張状態も、何を「地」として「図」を捉えるかで、見える景色が変わってきます。腰を据えて考えるためにはそれなりの学習も情報収集も必要になりますが、それに先立ってまず大事なことは「今見えている情報がたった一つの真理ではない」という見方に立ってみることです。メディアが伝える情報は、少なからず何らかの「地」(立場)によっています。「他の『地』で見るとどんな『図』(何)が見えてくるのか」というベーシックな問いを常に抱えておくこと、そして自分で考えるための「地」はいつでも自分で選んでいいのだということを、その方法とともに理解しておくことが大切でしょう。 こうしてたくさんの視点を獲得していくと、その間に必ずやズレや矛盾が生じてきます。立場変われば見方も変わる。異なる見方の間に生じる「わかりあえなさ」は、時に居心地の悪さにも、場合によってはストレスにもなるかもしれません。けれど、こうしたズレや矛盾の中にこそ、現状を動かしうる問いのタネが隠れているものです。 いつもの自分の感覚では理解できないこと、当たり前と思っている風景には入ってこないことの中に、まだ見ぬ「見方の可能性」があります。「たくさんの私」を自由にし、「情報の多面性」に注目していると、ふと湧き出す違和感や疑問、考えてもみなかった不思議や謎など、情報の奥や裏側に蠢く問いのタネに敏感になっていきます。そうしたセンサーにしたがって、いつもとは違う角度から物事を捉えてみましょう。「そういうもの」と思い込んでいた風景にたくさんの顔つきがあることを、きっと面白く感じるでしょう。 世紀の発見も、社会のパラダイムシフトも、個人的な新しい好奇心も、そうした日常の隙間に起こっていきます。 ただこの「地と図」というもの、漠然と思うだけではそうそう簡単に動くものではありません。ここでは、「地と図」の転換を起こすちょっとしたおまじないをご紹介します。「見方を変える編集術」です。「〜にとって」「〜における」の「〜」をさまざまに入れ替えながら、「誰」にとってか、「どこ」にあるのか、といった視点を動かしてみます。冷凍食品メーカーからすれば「お弁当」は市場ですし、「オベンタグラマー」にとっては自己表現の作品群です。学校においては、カバンにあるときは生徒の持ち物であり、お弁当の時間となればコロナウイルス感染対策の対象となります。このように、情報に関わる主体と場所を切り替えてみると、それまで見えていなかった視点が開けます。助詞ひとつで世界が変わる「どう見るか」を自分で選ぶ「問い」は矛盾から生まれてくる「地と図」の転換1)主体と場所を変えてみる「地と図」の転換2)助詞を変えてみる安藤昭子あんどう・あきこ● 編集工学研究所・専務取締役。出版社で書籍編集や事業開発に従事した後、2010年に編集工学研究所に入社。企業の人材開発や理念・ヴィジョン設計、教育プログラム開発や大学図書館改編など、多領域にわたる課題解決や価値創造の方法を「編集工学」を用いて開発・支援している。2020年には「編集工学」に基づく読書メソッド「探究型読書」を開発し、企業や学校に展開中。著書に、『才能をひらく編集工学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『探究型読書』(クロスメディア・パブリッシング)など。452022 APR. Vol.442

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