キャリアガイダンスVol.442_別冊
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3Vol.442 別冊特集との一つが、トップアスリートが果たす役割です。アスリートが活躍することは多くの人々にポジティブな影響を与えます。アスリートたちは、自分が社会に対して何かを発信し得る存在であるということを意識し、行動し始めています。JOCがそのようなアスリートをサポートし、スポーツが社会に対してどのように貢献できるかという思いがこのビジョンには込められているのです」 ビジョンの基本的な方針は以前から構想されていたというが、コロナ禍がその意義をさらに際立たせるものとなった。東京2020大会の延期、さらには無観客開催という事態を招いたコロナ禍は、一方で、アスリートと社会との関わりを、アスリート自身や社会の人々に強く意識させる契機にもなった。コロナ禍によるさまざまな制約のなかで、アスリートの中には果たして自分が競技をしてよいかどうか悩み苦しむと同時にアスリートも社会の一員であるということに気づかされた人もいた。そして、アスリートの発信する言葉や東京2020大会でのひたむきな姿は、コロナ禍で閉塞感が深まる社会に、単なる競技の勝ち負けを超えたポジティブな影響をもたらしたことは、読者の多くも感じたところではないだろうか。 「JOC Vision 2064の背景には、これまでJOC選手強化本部長が掲げてきた『人間力なくして競技力の向上なし』というスローガンがあります。コロナ禍において、スポーツは不要不急の分類をされるという初めての事態に直面しました。平和で安定している社会だからこそアスリートは競技に打ち込むことができるということをアスリートたちも改めて実感することになったんです。だからこそ、そのような社会をつくるためにスポーツも社会に貢献していくことが重要になります。スポーツが社会の中に入っていき、受け入れられるためには高い競技力と高い人間力を兼ね備えたアスリートが重要な役割を果たします」 例えば、東京2020大会前、JOCアスリート委員会はコロナ禍に苦しむ社会に向けて「#いまスポーツにできること」プロジェクトを実施。競技の垣根を越えて多くのアスリートが協力し、トップアスリートがSNSなどを通して今自分たちが伝えることができるメッセージを届けた。 では、アスリートの姿を通じて、JOCはその先にどのような社会の実現を目指しているのだろうか。冨吉氏は、それを、「平和でより良い社会づくりにスポーツを役立てること」という言葉で表現する。 現在でも、私たちの社会でスポーツは大きな位置を占めているように思える。オリンピックは国民的なイベントとして人々の関心を集めているし、野球やサッカーなどのプロスポーツも楽しまれている。また、学校における部活動も盛んだ。しかし、普通の人たちが気軽にスポーツにアクセスし、楽しむという観点で考えるとどうだろうか。例えば、オリンピックを見て柔道に興味をもった人が、気軽に近所の道場を訪れて、柔道を体験し、楽しめる環境が整っているだろうか。オリンピックで興味をもったアスリートを引き続き身近に感じ続けられる環境が整っているだろうか。そう考えると、人々の日常とスポーツにはまだ距離があると言わざるを得ない。 「その要因の一つは、これまでスポーツが勝った負けただけで見られがちであったことです。学校の部活動でも、やるからにはストイックに勝利を目指すという考え方もあるかと思います。ただ、東京2020大会でのスケートボードや北京2022大会でのスノーボードのように、難しい技にチャレンジすることに対して、違う国・地域の競技者が心からリスペクトし、称え合うという姿も目にするようになりました。スポーツを心から『楽しむ』というヒント、そしてスポーツに限らない人生で大切な価値がここにあります。もちろん勝利を目指して鍛錬する人たちがいてもいい。しかしその一方で、人生を豊かにするために勝ち負けや記録には関係なく楽しむ人たちがいてもいいはずです。スポーツには本来そういう多様性があるものだと思います。スポーツ指導者在外研修員として海外に滞在したある指導者は、トップアスリートだけではなく老若男女が気軽にスポーツを楽しむ文化が地域にあることを実感したそうです。今後そのような多様なスポーツの楽しみ方がより広がっていくことが、スポーツが社会づくりに役立つ一つかもしれません」 社会全体のウェルビーイングにスポーツが貢献するということを考えた場合、まさにこのように、「日常的に気軽に楽しめる」環境づくりがポイントになってくるだろう。スポーツの楽しさを伝える役割を担い得るのもまたトップアスリートということだ。 JOCは、アスリートを中心に、社会全体に一体感を生み出すための取り組みとして、昨年10月に「TEAM JAPAN」をコンセプトにした新たなブランディングをスタートした(図2)。 「今までのJOCのエンブレムは、JOC派遣大会以外の大会では使えないなど、制約も多かったのです。そこで、TEAM JAPANTEAM JAPAN図2JOCが新たに制定した「TEAM JAPAN」のエンブレム。各競技団体やパートナー企業なども使うことができる。スポーツを軸にした一体感を醸成し、スポーツを幅広く社会に浸透させることを目的とするJOCのブランディングを象徴するものだ。JOC Vision 2064図1【活動指針】● オリンピズムが浸透している社会の実現 ⇒オリンピズムを誰もが当たり前のように理解し、スポーツを通して豊かに生きる喜びが浸透している社会をつくる。● 憧れられるアスリートの育成 ⇒高い競技力と人間力を活かし、充実した人生を歩む、憧れの存在となるアスリートを育てる。● スポーツで社会課題の解決に貢献 ⇒さまざまなスポーツ団体と連携し、スポーツの力を結集し国際社会が抱えるあらゆる課題の解決に貢献する。スポーツの価値を守り、創り、伝える

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