なかはら・じゅん●1975年北海道生まれ。東京大学教育学部卒業。大阪大学大学院、マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授などを経て、2018年より現職。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、リーダーシップ研究所副所長を兼任。博士(人間科学)。「大人の学びを科学する」をテーマに人材開発・組織開発などを研究。向く人々と力を合わせることができたと思っています。【中原】 皆で決めるにしても、「このビジョンを実現したい」という将来像を見せ、日々の実践につなげるのがリーダーの役割です。たとえるなら一人、タイムマシンに乗って未来の光景を見てきたようなものなので。そのとき、目指す高みに達するまでの階段を3段しか設けなかったら、従業員はつまずいてしまいます。なので小さいステップをたくさんつくってあげないと。【中川】 同感です。言語化したビジョンを日々の実践に落とし込み、未来への道筋を示すのがトップの仕事。いくら高い理想を掲げても、「それはそれ。あなたの仕事は目先の利益をあげること」と言っては意味がありません。【中原】 確かに「それはそれ」「とはいえ」は、すべてを破壊するワードですね。学校でいうと、日々の実践とは授業なので、育成を目指す資質・能力との関連づけが授業で意識できるといいのですが。そのためには各自が自分の言葉で、ビジョンを語れるようにならなくては。中川政七商店にはそう「私には夢がある。かつての奴隷の息子たちと、奴隷所有者の息子たちが、同じテーブルにつくという夢」なんて、光景が目に浮かぶじゃないですか。そういうのって人を動かす力になる。【中川】 確かに。かつて大阪城で石垣を積んでいる2つの集団に何をしているのか尋ねたところ、一方は「石を積んでんねん」と答え、一方は「日本一の城をつくってるんや」と答えたそう。テンションが高いのは当然後者です。同じ作業でも、目的意識によって成果も違ってくる。ビジョンの重要性を社員に語るとき、この例を出すようにしてから伝わるようになりました。―冒頭、中川会長は、経営者にとっては覚悟の表れ、と述べました。【中川】 はい。ビジョンは経営者の覚悟そのもの。皆で決めたことに、皆で覚悟をもつことは、なかなか難しい。なのでビジョンは合議ではなく責任がもてる誰か一人が決めるべきだというのが私の持論です。もちろん、それが正しいと言っているわけではありませんが。私自身、ビジョンをつくったから必死にやってこられたし、同じ方向をした確認の場ってあるんですか?【中川】 ビジョンについて一人ひとりが自分なりに理解し、ベクトルを合わせられるよう「政七まつり」という社員総会を毎年関西で開いています。小売りをしていると休みが合わないため全国の社員を集めるのは至難ですが、何とか時間をつくっています。実は、10年間続け、ビジョンの浸透も十分できたと思い、一回止めたことがあるんです。すると、それが原因なのか、今まではなかった組織内の問題が出てきて、慌てて復活させました。【中原】 コストはかかるでしょうが、意味ある取組ですね。一般に、目標は設定した瞬間から忘れられていくもの。大切なのはメンバー全員が目標を握っている状態をいかに保持(Hold)し続けていくかです。その確認を怠ると、メンバー間にブレが生じ、目標を見失ったり、実情に合わないものになってきたりします。目標は常に握り続けなけ162022 JUL. Vol.443
元のページ ../index.html#16