キャリアガイダンスVol.443
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ーチングではなくコーチング。指導者として、私が常に心掛けてきたことです。「コーチ」という言葉の由来は「馬車」で、客を目的地に運ぶことから指導者を表す言葉になったそうです。指導者の役目は、クライアントである選手を次のステージに導くこと、つまり、独り立ちさせること。そのためには、選手が能動的に考えてアクションを起こせるように導く必要があります。特にサッカーは、一度フィールドに出たら、自分でさまざまな判断をしながらプレーしなければならないスポーツです。私から「こうしたらどうか」と提案はしても、それをやってみて、考えて、工夫して、最終的にやるかどうかの判断をするのは選手に任せてきました。 日本女子代表チームのコーチになったとき、最初は選手に自立心が足りない印象を受けたんです。選手から「今のプレー、どうでした?」と評価を求められることが多く、選手自身が評価・判断軸をもてていないことが課題でした。そこで、理想のプレーを指標として提示しつつ、ある段階からは選手に委ね、選手が自分で自分のものにしていけるようサポートしました。大事なのは、選手自身が「これならいける、これでいい」と腹の底から思えること。誰かにやらされてやっていると、自分ごとに捉えられず、壁にぶつかったときにも人のせいにしてしまいます。 チームづくりも同じです。私があれこれ言うのではなく、選手が自分たちで考え、話し合い、決めることを大事にしてきました。2011年のFIFA女子ワールドカップでは、予選のイングランド戦で守備のバランスが崩れて0-2で負けた後、実は選手間で揉めたんです。フォワードの選手が、点を取らなければと思うあまり守備が疎かになってしまい、チームとしての戦略と選手個人の目標にすれ違いが生じていました。私は、みんなで話し合いなさいと伝えました。なぜこういう状況が起きたのかを振り返り、それぞれの意見や思いを共有しつつ、チームの方針や戦略について改めて話し合ったと、後から聞きました。そこからまたみんなでがんばろうと気持ちを一つにできた結果、それまで勝ったことがなかったドイツに勝利し、最後は強豪のアメリカを下して優勝することができました。選手が自分たちでチームを立て直したからこそ結束し、勝つ試合ができたんです。私がその場をまとめようとしていたら、選手はそれにすがっていたでしょう。でも、そうやって「整理された」チームは一つになれません。自分たちで考えたこと、決めたことだからこそ、それをみんなで達成しようという強いパワーが生まれるのです。自分たちで決める佐々木則夫日本サッカー協会女子委員長ささき・のりお●山形県出身。サッカー選手としてNTT関東(大宮アルディージャの前身)でプレーし、日本サッカーリーグ2部(現J2)昇格を果たす。現役引退後は、大宮アルディージャの初代監督、日本女子代表チーム(なでしこジャパン)のコーチなどを経て監督に就任。2011年にはFIFA女子ワールドカップで男女初となる優勝を果たし、FIFA女子最優秀監督賞を受賞。2012年にはロンドン五輪銀メダルに輝く。選手と対等でフランクな関係を築くことに努め、監督になってからも選手から「ノリさん」の愛称で親しまれていた。現在は日本サッカー協会女子委員長を務め、「WEリーグ」の発展などに尽力している。取材・文/笹原風花 撮影/坂本宏志大事なのは、「これでいい」と腹の底から納得できること。自分たちで考えて決めること。ティ32022 JUL. Vol.443

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