恒吉先生の転機は18歳の夏。父親がくも膜下出血で、突然他界したことだった。その父は、息子が教師になることを夢見ていたという。当時まだ進路を決めかねていた恒吉先生は、親孝行という思いも胸に秘めて、得意だった地理で教師になることを決意する。進学したのは広島大学教育学部。ここで「なぜ型発問」の授業スタイルを叩き込まれ、公民的資質を育成する、という思いも培った。 初任校は広島県内の小規模な高校。社会科の教員は自分を含めて二人だけで、「地理の各科目、政治・経済、現代社会と、多数の科目を担当することになり、必死に教材研究に取り組みました」。結果、授業のための引き出しが増えた。 3校目で赴いたのが、開校時から携わった現任校だ。その開校式兼入学式で、恒吉先生は驚かされる。集まった生徒は髪色も服装も十人十色で、式典中も携帯電話をいじったり、おしゃべりを続けたりする者がいたからだ。この状況で授業が成り立つかな、と不安にもなった。実際、1年目は特にやんちゃな生徒の対応に追われ、「不登校経験のある生徒に十分目を配れなかったかもしれない」と振り返る。そこから教員一同で授業を大切にするという意思統一を図り、授業の進め方も工夫し(右上のコラムも参照)、生徒が落ち着いて学べる環境を整えていった。 とはいえ、生徒に対してどう授業を展開するかは「今も悩んでいる」という。 「課題に思うのは、授業の導入の工夫で生徒の興味を引いても、その好奇心を最後までなかなか持続できないことです。生徒は聞き慣れない語句や概念が出てくると、『授業の難易度が急に上がった』と感じるようで、その段階でいったん気持ちが離れ、自分にとって身近に思える話題になるとまた元気になる、ということがあるのです。かといって、語句や概念の説明を後回しにし、付け足すように教えたのでは、余計にその知識は定着せず、自分のものにできなくなるとも感じています」 例えば地理でさまざまな地形を学習する際も、恒吉先生は「あなたたちがこんな土地に住むなら」と自分に引きつけて考えられるように投げかけ、当てはまる地元広島の地形も示す。しかし、高校生の行動範囲は意外とせまい。「自然堤防」について学校のそばを流れる元安川を例に話すと興味をもつが、「盆地」の成り立ちや特徴を県内の該当地域を例に出して話をしても、広島市の平野部に住む生徒が多いため、ピンとこないようで、理解しようとする意欲にも差が出てくるそうだ。 「本校に今いる社会科教員のなかで、学生時代に地理を専攻した者は私一人のみです。それだけに、地理の授業づくりでは、世界史など他の専攻だった同僚の先生の知恵も借りながら、同時に、さまざまな学校で地理を教えてきた先生方の実践からも学んでいけたらと思っています」授業ができるまで大学でなぜ型発問を学び教材研究で引き出しを増やす多様な生徒に出会い授業のあり方を模索する日々■ 同僚の先生INTERVIEW 恒吉先生は、普段から生徒の声に耳を傾け、適切な声かけもされていて、生徒の異変を敏感に察知することができる先生ですね。校務分掌が同じ生徒指導ということもあり、生徒のことでよく情報交換をするんですよ。授業の手法だけを話し込むことはあまりなくて、それよりも「どの生徒の何が気になるか」を話すことが、どうしても多くなります。本校には、いろいろな課題や複雑な事情を抱えた生徒が少なくありません。それだけに、もちろん勉強をがんばれるようにサポートもしますが、まずは生徒一人ひとりの実態を把握し、つまずきや困っていることを理解し、生徒がこちらに壁を感じずに話せるようになること、いわば「本音を引き出すための関係づくり」を大事にしたいのです。 担当教科の数学でも実態把握は欠かせません。小中の学習について「休んでいて学んでいない」ところを押さえるというように。そのうえで、生徒のできることを増やし、個々の成長を後押ししたいと思っています。数学科新田裕樹先生生徒一人ひとりのことを話し合い授業づくりや関係づくりに生かすHINT&TIPS1問いを投げかけて授業参加を促し引き出した生徒の発言を無駄にしない学習テーマを問いから始めるほか、教科書にある語句や概念を説明する際も、関連して生徒が知っていることや好きなことを聞き出し、その発言を生かして話を展開、生徒の声を拾うことを大事にしている。的外れな意見が返ってきても否定はせず、「同じように考えた人もいると思う」などと受け止めていく。2挙手の促しや机間指導で生徒が思考する時間を増やす学習内容に絡めた二択の質問で、生徒に挙手を促し、集計結果が出席人数より少なければ「数え間違えたかな」と再度挙手を促し、全員の参加を粘り強く求める。各生徒がプリントに書いた自分の意見を机間指導で確認し、恒吉先生の感想を返し、本人が手ごたえを感じているなら、そのあとで全員にも共有する。3「できた」という実感がもてるように期限のある提出物や小テストを課す提出物は必ず期限までに出すように指導。その前提として、余裕のある提出期間を設け、期限前に出せるチャンスも数回作り、期限を守れるように支援している。単元ごとに2時間かけた小テストも実施、まずは自力で解き、次にプリントも見返し、机間指導で恒吉先生もフォローし、できるまで丁寧に取り組む。4社会科の他の科目の教材研究も地理の授業に生かしていく「自力で理解できるか、共に考えるべきか」などの観点から、学習内容は力を入れる点とそうでない点にメリハリをつける。そのうえで、恒吉先生が幅広い科目の教材研究で学んだ「生徒にも社会に出るうえで知っておいてほしいこと(例えばモノの値段の決まり方)」は、発展的内容でも授業に盛り込んでいる。電子黒板とプリントを組み合わせた進め方や、質問して全員に挙手を求めるやり方は、現任校に来てから始めたという。582022 JUL. Vol.443
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