び合い」が始まるのです。今、生徒や学校を取り巻く環境は厳しくて「そう簡単に進学や就職ができない」なんて言葉を聞くことも多いです。些細なことを面白がろうと思っても「それが何になるの?」「それよりあなたは就職できるの?」と問われる環境では「ただ気づく」ことができなくなってしまう。私は新聞を活用した教育にも力を入れているのですが、例えばたくさんの新聞記事から「あなたが〝なんとなく〟気になるものは?」と問いかけてみると、教師側の意図を忖度することなく、自由に気づけるかもしれないと思いました。いいですね! 最初はどれも小さな気づき。それでも素直に反応することを続けていくと、面白い発見や学びが向こうからやってくる。先生も生徒も、自分をさらけ出すことを恐れなければ大丈夫。こうした「気づき」を、ワークショップの外でも継続してほしいです。部活動でも「今日の練習で〝なんとなく〟気になったことは?」と聞いて書かせるなど、応用できそうですが…。部活で活用するのもいいですね。ただし、いきなりちゃんとした文章を書かせようとすると、出てこない。簡単な絵を描いて、と言うと、言葉では出てこない気づきが出てきます。言葉はひと言添える、ハッシュタグ程度でもいいでしょう。k」の体験はやりっぱなしでいいのでしょうか。例えば、出てきた気づきを進路に結びつけては?今日のような「Feel度Wal私は、安易に進路には結びつけないほうがいいと思います。そうすると進路につながる範囲、例えば「文系か理系か」といった小さな範囲の中で考えられる気づきを収集しようとするからです。それよりも「一体何を得られたんだろう…」くらいのモヤモヤを残しながら、あえてオチをつけずに終えるほうがいい。「Feel度Walk」はラジオ体操のようなもので、気づくという思考の「身体性」を鍛えるための習慣づくりなのです。気づいたこと一つひとつは「雑」にすぎない。でも、その「雑」を一定量集めて、ひたすら記録していくことで、飛び石づたいに興味のストーリーが広がり、あることと、別のことが、思わぬつながり方をする。「表面的には違っても2つの構造は共通している」なんて、調べ学習レベルでは終わらない深い探究が、勝手に始まってしまうのです。「雑」を集めることで探究が勝手に始まる 岡本先生市川さん2022 OCT. Vol.444山田先生市川氏14
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