キャリアガイダンスVol.445
52/66

の前の現象を説明する「仮説」を直感的に探しながら「あてずっぽう」を繰り出していく「試行錯誤」です。正解を導いて正誤を判定する日頃の勉強からすると、どこかいい加減にも思えますが、探究の道筋には誤りの可能性も含んだ「当て推量」が欠かせないのです。失敗も間違いも織り込み済みでいることで、探究の試行錯誤に恐れず踏み込むことができ、知識の習得だけでは身につかない柔らかな知性が育つはずです。パースは、「よくよく考えてみなければならない重要な事柄」として、「人間のすべての知的発展が可能になったのは、われわれのあらゆる行動に誤りの可能性があるという事実のためである。」と添えています。生命のないものは誤りを犯さない。誤りは思いがけない変動をもたらし、ランダムな変動こそが知性を成長させるのだ、と。思い切ったアブダクションが、思い切った探究の道を開きます。もう一つ大切なこととして、「旬」を感じるアンテナを降ろさないことです。ここでの「旬」は、必ずしも社会の側の流行りのテーマに敏感になる、という意味ではありません。「今の自分」に刺さる感覚を使って探究を前に進める、そのために自分の「旬」を感じることです。同じ本を読んでも、同じ人に再会しても、いたく気持ちが高ぶることもあれば、なんてことないこともある。これは環境と自分のあいだにある「機会」のめぐり合わせの問題です。思索や探究の道筋は、自分の意思の力だけでコントロールできるものではありません。周囲との出会い頭とその時に抱く「感じ(フィーリング)」にこそ誘われるといい。自分の側の「旬」に世の中の問題を招き入れるところに、今の自分だからこそ価値のある探究が立ち上がります。既に目の前に存在しているものを、その背後にある法則や要因を「仮説」しながら見る目をもつことができると、時間も空間も超えて、さまざまな「つながり合い」に包まれていることに気がついていきます。遠い出来事と思っていた事柄が、自分の足元と思いがけない接点でつながっている。それに気がついたとき、探究のエンジンはうなりをあげていきます。編集とは、偶然を必然に変える営みであるとも言えます。ゆきづまったら、アブダクティブに考える。間違えてもハズレても、動きが次の偶然を呼び込み、信念に向かう努力の中でその偶然を必然に変えていけばいいのです。「問い」は、自分と社会を前に進める動力です。その小さな問いから広がる風景を、ではどう世に問うていくか。そこにはまた別の編集可能性が躍如します。その続きは、また別の機会に。ありがとうございました。「旬」を感じるほうに向かおう自分と世界はつながっている参考文献:『連続性の哲学』パース著(岩波文庫)『パース論文集:世界の名著』(中央公論新社)「アブダクション」の理解を深めるには、以下が参考になります。『千夜千冊エディション 編集力』松岡正剛著(角川ソフィア文庫)『才能をひらく編集工学』安藤昭子著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『アブダクション─仮説と発見の論理』米盛裕二著(勁草書房)『偉大なる失敗─天才科学者たちはどう間違えたか』マリオ・リヴィオ(ハヤカワ・ノンフィクション文庫〈数理を愉しむ〉シリーズ) 偉大なる科学者たちは、偉大なる失敗もやらかしてきた。ダーウィンからアインシュタインまで、5人の天才科学者の「重大な科学的過ち」にフォーカスした科学読本。「科学の発展とは、真実へと向かって一直線に更新するようなものではない」と著者は言う。本書で紹介される過ちは、何らかの形で大発見への橋渡し役を果たしたもの。失敗も間違いも、輝かしい進化の一部なのだ。        『精神と自然: 生きた世界の認識論』グレゴリー・ベイトソン(岩波文庫)教室の机に置かれた茹でたてのカニ、「この物体が生物の死骸であるということを、私に納得のいくように説明してみなさい」。学生に難題を突きつけるのは、アメーバから精神病理までを一緒くたに語ってみせるベイトソン先生。一杯のカニから命あるものすべてを結び合わせるパターンが浮かび上がる。魔法のような授業の様子から、娘さんとの超アブダクティブな対話まで。見なれた風景が一変する生きた世界の認識論。『17歳のための世界と日本の見方 ―セイゴオ先生の人間文化講義』松岡正剛(春秋社)人間文化を「編集」の観点から読み解くと、そこかしこにつなぎ目が見えてくる。セイゴオ先生の手にかかれば、社会と文化の成り立ちは過ぎ去った史実としてではなく、生き生きとした人類の物語として立ち上がるから不思議だ。教科の境をまたぎ、歴史の流れを浮き上がらせ、日本と世界のあいだに対角線をひきながら、宗教も戦争もルネサンスも千利休も、「半径5メートルの問題」と一緒に考えてみよう。2023 JAN. Vol.44552

元のページ  ../index.html#52

このブックを見る