母校は中高一貫校で、中3のときに「高校に上がったら好きなことをいっぱい体験して、将来やりたいことを見つけたい!」と思ったんです。きっかけは、姉も通っていたプログラミング教室に参加したこと。そこでは大学生がメンターを務めていて、自分の好きなことを生かしてAO入試(現・総合型選抜)で進学した人などいろんなタイプの大学生と出会って刺激を受けたんです。その教室で印象的だったのが、「これからの世界は自分たちで変えて行ける」という話でした。身近な人の困りごとはプログラミングで解決していける。その小さな積み重ねで30年後の世界ができる、と。変化が加速しているなら、自分も社会を変えていく側で、社会貢献できる人になりたいと思いました。母校も起業体験プログラムや行事など体験的な学びの場が多く、それらに参加しながら、学校外のさまざまな取組にも積極的に参加していました。気になる取組は自分でもスマホで検索して調べますが、「こんなのあるよ」と母が情報をくれて選択肢を広げてくれることがよくありました。例えば、居住型教育施設で大学生やCOLLEGE」も母からの情報。高2のCOLLEGE」でのイベントリーダーがCOLLEGE」の大人が「まわりに頼って社会人と一緒に暮らす「SHMOK秋に3カ月間暮らしながら学校に通っていました。夜や土日に高校生向けのプログラムがあり、ビジネスについて学んだり、普段は共有スペースで雑談できたりと、さまざまな生き方の大人と触れあうことで、自分の将来像の選択肢が増えていきました。学校では起業体験プログラムで、若者の防災意識を高めるための防災グッズを企画開発して、実際に製造して文化祭で販売しました。この体験を外部のビジネスコンテストなどで発表したりもしていました。常に成長したいという気持ちが強くて、ワクワクすることがあると後先考えずにやってみたくなっちゃうんです。全部やろうとして大変になって、行き詰まることもありました。例えば、学校の起業体験や部活と「SHMOK重なってしまい、しんどい時期がありました。そのときに「SHMOKいいんだよ」と声をかけてくれました。自分だけで抱え込むことが責任感の表れではないと気づけた経験でした。TATATA学校の行事や体験学習でリーダーを務めたときにも、最初は先頭を切って引っ張ろうとしてましたが、みんなの意見をしっかり聞いて、チーム力を上げた方がうまくいくと気づいたり。人から信頼される存在になるにはまわりに頼ったり、意見を聴くことが大切なことも学びました。4月からは立命館アジア太平洋大学(以下APU)のサステイナビリティ観光学部に進学します。高校時代にコロナ禍で留学を断念したこともあり、約半数が国際学生というAPUの環境に魅力を感じたのです。中学・高校でのたくさんの体験を通じて、教育を変えたことで町が活性化した事例などを知り、「教育」と「まちづくり」に興味をもちました。将来的にはこの二つをかけ合わせて起業できたらと漠然と考えています。そのころには、今はない仕事をしている気もしていて、将来が今から楽しみです。中高を通して学校内外でたくさんの体験にチャレンジ広がった選択肢のなかから今はない仕事をしているかも II II II 23「自分のあり方」を見つめるキャリア選択2023 APR. Vol.446
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