偶然出合った何かにただ自分の心が躍る瞬間。まだ知らない「私」が道を示す「私」が選ぶ立川志の春落語家な3ぜイェール大学を卒業し、一流商社に入社したのに、その経歴を捨てて落語家になったのですか? ――よく聞かれる質問です。私の答えは「その選択が、自分を一番ウキウキさせたから」。きっかけは、たまたま通りがかった「立川志の輔独演会」にふらりと入り、雷に打たれるような衝撃を受けたこと。のちの私の師匠、志の輔が高座に上がり、噺に入ると、頭の中で登場人物が動き出し、物語に吸い込まれていくようでした。入場する前は「落語なんてどうせつまらない」と思っていたのに、出てきたときには志の輔のことを「師匠」と呼んでいたくらい(笑)。 それから寄席に通い、本やビデオを買い集め、親から猛反対されるも説得して、26歳で商社を辞めて弟子入りしました。商社に勤める自分の人生は予想ができたけど、落語家の人生は想像がつかない。それでもウキウキしちゃったから、選ばない道はなかった。 今思えば、子どものころから、人気者というわけではないけど喋りたがり。大学時代には国際社会で生き抜くために「日本人として、自分の国について自慢ができるのは何だろう」と考えた。気づかないうちに自分の内側に築かれていた「私」が、偶然出合った落語と共鳴して、「これだ」と自分に道を示したのかもしれません。 古典や新作落語に加えて、私が力を入れている活動の一つに英語落語があります。当初は乗り気ではありませんでした。周囲からの反対の声も大きかった。「噺に出てくる“長屋”がどんなものかイメージすらできない外国人に、落語が伝わるわけがない」。もっともらしい理由ですよね。でも、実際にやってみたら、海外のお客さんがびっくりするほど笑ってくれた。具体的な映像が浮かんでこなくても、落語が描く普遍的な人間のおかしさはちゃんと伝わったんです。 やる前から「無理だ」「うまくいかない」と感じること、やらない理由が勝手に浮かんでくるようなことがありますね。試しに一枚、その上皮を引っ剥がしてみると、たいていそこには「恐れ」があるもんです。失敗すること、傷つくことがただ怖い。恐れを回避したいと思うから、「まあ失敗しないだろう」と予想がつく道を選びがちになる。あらかじめクチコミや評価を検索して、確実においしい店を選ぶみたいに。すると日常のなかで、どんどん「偶然」に出合う隙はなくなっていく。 だけど落語の噺のなかではね、失敗こそが“面白い”んですよ。故・七代目立川談志は、「落語とは人間の業の肯定だ」と表現しています。人間は弱くて愚かなもの。失敗したり傷ついたりしたときに、人のお茶目な面が見える。それが人間の魅力。 だから高校生にも、失敗を恐れて「偶然」と出合う機会を逃さないでほしい。案外、たまたま通りがかったところに「まだ知らない自分」が共鳴するような何かがあるかもしれませんから。今号のオープニングメッセージ取材・文/塚田智恵美 撮影/丸山 光たてかわ・しのはる●1976年大阪府生まれ。立川志の輔一門の三番弟子。千葉県柏市で育つ。幼少時と学生時代の計7年ほどを米国で過ごす。米国イェール大学卒業後、三井物産にて3年半勤務。2002年、26歳のとき通りすがりで観た落語に衝撃を受け、立川志の輔に入門。2020年4月真打昇進。古典落語や新作落語のほか、英語落語にも取り組み、海外でも口演を行う。2023 APR. Vol.446
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