キャリアガイダンスVol.447
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態を知るため」といった明確な目的があるため、必死です。けれど、学校の授業にはそれがありません。また、教科書に掲載された一般化された文章には、誰に対して何のために話すのか、という視点が抜け落ちがちです。普通、言葉を使う際は、町を歩きながらとか、ご飯を食べながらといったシチュエーションがあるわけで、何を話題にしているかなんとなく理解できます。ところが座学では頭の中だけで学ぶため、それができない。学校の授業というのはいちばん難易度が高いんです。言語を学ぶということは、情景が浮かぶこと、または体で感じることです。リンガラ語で会話の練習をしているときなどは、彼方の存在だったアフリカが体の中に入ってくる気がしました。今はICT機器の普及で動画を見ながら学ぶことも増えているでしょう。私なら、そうした機器を活用し、生徒ごとに架空の設定をつくってもらいロールプレイングするような授業をしてみたいです。いわば〝妄想語学〟。「ハリウッドに住みセレブ生活をしたい」という妄想であれば、物件探しから始めないといけません。現地の不動産サイトを閲覧すると、驚くほど高額な家賃相場がわかります。そうやって楽しみながら学ぶわけです。試しに私も、「義姉夫婦が住むシドニーでひと月居候する」というリアルな設定で妄想したところ、多くの気づきがありました。料理ぐらいは手伝わねば、と思い地図サイトで食料品店を探すと、近所に大きなスーパーのチェーンが5つあることがわかりました。それらを地元の人がどう発音するかもチェックします。YouTubeで買い物動画を視聴すると各店舗の品揃えも把握できましたし、棚から商品を手に取る動作について、takeでもgetでもなく、grabという動詞を使うことも知りました。国によって言い方は違うかもしれません。でも、いいんです。 なぜならシドニーで暮らす妄想をしているんだから。そうこうしているうち、私は今、とってもシドニーに行きたい気分になっています。高校生に「将来、英語を使って何がしたい?」と聞いても、明確な答えが返ってくることは少ないでしょう。考えたことがないし、言語化もしてこなかったからです。なので妄想でいいから行動に移すと、だんだん「本当にやったら面白そうだな」となるんじゃないか。あるいは友人の妄想を知ることで、実はハリウッドセレブとかどうでもよくて、外国のアニメオタクと友達になりたいという欲求に気づくかもしれません。そうしたことが、語学学習に対するモチベーション形成の一助になれば、と思っています。ブリコラージュという言葉をご存知でしょうか。フランスの文化人類学者レヴィ=ストロースが唱えた概念で、あり合わせの材料を使い、その場しのぎの手探りでモノを作ることです。その対立概念がエンジニアリングで、決められた材料や道具を用い、定められた手順に従ってモノを完成させることです。学校で行われる積み上げ式の          語学教育が〝エンジニアリング的学習〟だとすれば、私のしてきたのは、まさに〝ブリコラージュ的学習〟。身近にいるネイティブを捕まえてひたすらモノマネするなど、今できる方法をフル活用して学び、しかも覚えるフレーズは「その謎の魚を見たら謝礼をあげるので連絡ください」とか、「身代金の相場はいくらですか」といった取材に直結したものばかり。そして、目的を果たすと、いつの間にか忘れてしまうものだからです。そうした学習法があってもいいのではないか。あるいはエンジニアリング的学習との組み合わせが有効ではないか。その時々の目的に応じて臨機応変に変えられるのがブリコラージュの強み。変化の激しい時代にこそ求められるのではと思います。もちろん、体系的な学習が必要なことは言うまでもありません。特に、日本の英語教育においては、「読む」もしくは「書く」に関して、かなりの力が養われることが知られています。そうしたベースがあって学び始める英会話と、なしのそれでは雲泥の差。「聞く」「話す」についても一気に伸びていくはずです。思うに、語学ほど努力が結果に結びつく学問はありません。そして、できないと思い込んでいたことが、できるようになる感覚は人間として、この上ない喜びのはずです。高校生にとっての語学って義務感の塊かもしれませんが、面白いものだということは知ってほしい。外国の人に食事をふるまったとき、deliciousやgoodよりも、「オイシイ」と言ってくれたら嬉しいですよね。自分たちを受け入れてくれた感覚にもなるでしょう。それと同じことを相手にするだけです。今、日本に多くの外国人がいて、なかには怖そうに見える人もいるわけです。そういう人たちに、相手の国の言葉で挨拶するだけで、パっと顔が明るくなり、仲良くなれる。それは驚くべきことなんです。語学は、人の心を開く魔法の剣だと思います。エンジニアリング的学習とブリコラージュ的学習英語、仏語、スペイン語、タイ語から、ケシ栽培の取材で滞在したミャンマー・ワ州のワ語まで、著者特有の言語観・語学観が満載。20代までの語学遍歴を綴った青春記でもある。コロナ禍で辺境取材ができない時期に執筆した入魂の一冊。2023 JUL. Vol.44726語学の天才まで1億光年(集英社インターナショナル)

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