(Culturally Llly Diverse=ngucaisti1999年に英語科から改編した英語コミュニケーション科は、当初は日本人しかし、三重県内の外国人居住者の増コミュニケーション科では日本人生徒三重県内の外国籍高校生が集まってくる飯野高校飯野高校の全日制は、応用デザイン科と英語コミュニケーション科からなる。生徒が英語を専門的に学ぶ科であった。加にともない、同校で外国籍の生徒を積極的に受け入れるようになり、県内の各地から南米やアジアを中心とする外国籍の生徒が集まり始め、2008年に外国人生徒等教育のための加配教員が配置されるようになった。同校では外国人生徒等をCLD生徒文化的言語的に多様な背景をもつ生徒)と呼んでいる。CLD生徒の多くが英語コミュニケーション科に在籍。英語を含め14カ国にルーツをもつ多国籍の生徒が日々共に学んでいるのだ。「日本語がまったくわからないCLD生徒もいるため、『お互いを助け合おう』と生徒たちにはいつも話しています。特に日本人の生徒には、日本語で話すときは易しい言葉を使うようお願いしています」(英語コミュニケーション科主任・粂内直美先生)CLD生徒たちのために、外国人生徒支援専門員が常勤し、スペイン語とポルトガル語で授業サポートや通訳補助を行っている。また学校設定教科「国際」のなかに学校設定科目「日本語基礎A」などを設置。日本語で教科学習が困難な生徒には、国語、社会、理科、保健の取り出し授業も実施している。日本人の生徒にとって英語コミュニi 態」と、粂内先生は語る。「〝異文化〟ケーション科のクラスは「毎日が留学状〝多文化〟と言うまでもなく〝違うことが当たり前〟。国籍だとか何語を話すかは重要ではなく、個人としてお互いを見ています」(粂内先生)母語が異なるため、最初は身振り手振りが中心だが、生徒たちは自然と助け合ってさまざまな言語を交えながらクラスメートとコミュニケーションをとっていく。「日本人の生徒はわからないと先に進めない子が多いのですが、CLDの生徒「違っていて当たり前」で生徒みんなの居場所ができるたちはわからないことを恥ずかしがらずに隠さず伝えてきます。その姿を見て日本人の生徒たちが『わからないと言っていいんだ』と気づき、ありのままの自分を出せるようになっていきます」(丸山竜司教頭)お互いのありのままを受け入れる環境に、多くの生徒が居心地の良さを感じるようになる。中学まで不登校だった生徒が自分の居場所を見つけて毎日登校するようになったり、入学当初はCLD生徒と馴染めなかった日本人生徒が、「違う」ことを気にしなくなり、サポートする側に変わっていったりもする。CLD生徒たちに影響を受けるのは日本人生徒だけではない。教員も変わっていくという。「日本語も英語も理解できない生徒にどう伝えていいか迷ったときに、以前は『教員だからわからないとは言えない』と思っていました。でも生徒たちを見て正直に言ってもいいと思えるようになり、『先生もわからないから』と、ネイティブの生徒に頼るなど、生徒たちとフラットに学び合えるようになりました。本校の教員は上から引っ張るのでなく、身近にいる大人の一人として生徒に接しています」(英語科・橋谷優希先生)英語科の先生だけでなく、数学科の先生が、ポルトガル語の数字の読み方を覚えるなど、工夫しながら生徒たちと寄り添う方法を模索し、自身を変える努力をする。教員が変わることで、授業中に下を向いていた生徒たちが顔を上げるようになっていく。「顔を上げさせたら教員の勝ちなんで写真左から、今髙成則校長、英語コミュニケーション科主任・粂内直美先生、英語科・橋谷優希先生、丸山竜司教頭(写真左)さまざまなルーツをもつCLDの生徒たちと日本人の生徒たちが、“普通に”混ざり合い、オープンに学び合っている。(写真下)お互いの母語を教え合うことが日常茶飯事。楽しみながら複数の言語が身についていく。2023 JUL. Vol.44732
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