キャリアガイダンスVol.447
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ばいけない情報がきちんと伝わっていなかった、なんてことがあったとします。もし、それまで「仕事だから」と、目の前のことをただこなすような態度で取材先の方と接していたら、伝達不足のミスが判明した瞬間に、取材先の方は「この人は、私たちのことを大切に考えてくれていない」と感じるでしょう。その結果、ひどくお叱りを受けたり、意思疎通が図れなくなったりして、中継はうまくいかなくなります。を最大限、視聴者の方たちに伝えるために今日の中継をがんばります」といったゴールが、取材先の方にもちゃんと伝わっていれば、伝達不足のミスが起きたとしても「ゴールに向かってみんなでがんばっている過程で、仕方なく起きてしまったことだ」と、同じミスでも見え方が変わります。お互いの意図が見えないだけですれ違いが起きて、トラブルがどんどん大きくなってしまう。これは同じ会社のチーム内でもよく起きることです。もちろんミスはできるだけなくさなければいけませんが、まったく失敗をしない人間などいません。小さなミスをコミュニケーションの摩擦で大きくしてしまわないように、わざわざ自分たちが目指すゴールを言語化し、関わる人たちに共有しておく意味があるのです。ささいなコミュニケーションの摩擦を怖がらずにすむようになります。「みんなでいい中継をつくるために」というゴールがあれでも、もし「僕たちは、この場所の魅力ちゃんと話せばすぐに収まる話なのに、逆に言うと、ゴールを共有しておけば、ば、「言ったら生意気かな」と思うような意見やアイデアも堂々と言えるようになるのです。ちなみに僕は大学時代に人力車の車夫のアルバイトをしていたのですが、そのときに掲げていたゴールは「日本一平和な時間をつくる」。目指したい姿はたくさんありますが、僕が最優先するのは、人力車に乗っていただいている間はお客様に平和な時間を感じてもらうことだ、と明確にしました。こうしてわざわざ言語化しておいたことが、学生時代の、月間売上1位といった結果につながったかもしれません。みんなが「わざわざ言わなくてもいい」と思うようなことこそ、言語化して相手に伝える。このことの大切さを感じる場面はほかにもあります。僕は大学生の就職活動のアドバイスをすることもあるのですが、志望動機や学生時代にがんばったことなどを綴る「エントリーシート」が書けないという学生が毎年一定数います。そんな学生に向かって僕がわざわざ言う言葉があります。「人はそれぞれまったく別の生き物で、ただ生きているだけでも異なる体験をしているもの。だから18年生きてきて『体験がない』なんてことがあるはずがないよね」。そんなの当たり前だ、と思われるかもしれませんが、僕はこのことを必ず言葉にして伝えます。すると、学生たちの硬かった態度が、ちょっと解れる感覚があります。「私の大学生活は、全国チェーンのコーヒー店で4年間アルバイトしただけなのですが、それでも体験になるのでしょうか」なんてエピソードが出てくる。そこで僕は「なぜ、そのアルバイトをやろうと思ったの?」と聞きます。わかりやすい実績や、体験の珍しさを問うのではなく、その人の根っこにある価値観や分岐点を知りたいからです。そうして問いを重ねていくと「この人はコーヒー店にこだわりがあるのではなく、長く何かを続けるということが大事だという価値観をもっている」などとわかってくる。これがエントリーシートに書く作文の種になるのです。生きているだけで体験している。そんな「わざわざ言わなくていい」ことを明確にして伝えるだけで、自分の体験を引き出す思考の出発点が変わるのです。このように「言うまでもないこと」を言葉にして伝えるだけで、コミュニケーションが滑らかになる瞬間はたくさんあります。その結果、関わる人たちや向き合った相手に対して、自分ができることが増えるのです。できること、とは「いい番組をつくる」のような目に見えることでもあれば、力を貸して助けたいと心の中で相手に思いを寄せるようなことでもあります。そうしてコミュニケーションは、「伝える」や「交流する」といった言葉を超えて、困ったり苦しんだりしている誰かに向けてそっと差し伸べる「手」のようになっていく。それが僕の思うコミュニケーションなのです。「私には体験がない」?452023 JUL. Vol.447            

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