学には洒落たカフェやレストランがいくつもあります。本年6月の赴任当初は、女子学生しかいない慣れない環境に、「年輩の男性が一緒に食事をして浮かないか」と心配しましたが、杞憂でした。私のいる隣のソファで、それぞれ屈託なく、くつろいでいるのです。ありのままの自分でいていい、という空気で満ちあふれていました。例えるなら、猫が寝そべっている陽だまりのような場所。互いに余計な気を遣わなくてもいい安心感があるのです。私の専門である環境心理学的に言うなら、肯定してくれる他者に囲まれた、心理的安全性が保たれた空間です。今やそこは、多くの学生同様、私のお気に入りの場所の一つです。おいしい食事はもちろん、太宰府の街を見下ろす眺めや、スタッフのやわらかな物腰も心地よく、午後やるべきことが多くても元気が湧いてきます。本学では、〝私の好き〟をたくさん見つけ、〝私らしく〟を楽しむことを奨励していますが、好きな勉強、好きな仕事、好きな人などに加え、好きな場所があることはとても素敵なことだと思います。こうした空気を醸成するうえで、女性しかいない環境が果たす役割は少なくありません。クラスをはじめとするどんな集団においても、女性であるが故に二番手、三番手に甘んじることは、当然ですがありません。他者との共存を図り、互いに共感しようとする、やわらかい知性と感性を備えた女性のリーダー育成や人間力向上に全力を注いできた歴史と伝統の所以です。加えて、仏教教育を基盤としていることで、他者の気持ちを自分のことのように受け止める自他未分離の思想が息づいていることも大きな要因だと思います。全学必修の仏教系科目は、自分に向き合うための時間であり、「自分が今あるのは、どういうことか」を探っていくと自ずと、大きな存在の中で生かされていることや、支える・支えられるの関係が見えてきます。そのためボランティアの募集にも多くの手が挙がりますし、地域貢献活動にも多数の学生が参加します。そうしたなかで積み重なっていく達成感。しかも、独りよがりではなく、周りから「よかった。ありがとう」という反応があります。こうした、自分を認めてくれる他者の存在によって、自己肯定感は育まれていくはずです。このような〝女性性〟や宗教観は、学問にも活かされています。特に今後、文理融合を進めていくうえでは欠かせない視点です。例えば、データサイエンスは、数理モデルを扱う自然科学と思いがちですが、元となるデータは人間から出てくるわけで、人と数字の間を結ぶ必要があります。生命科学にしても、遺伝子情報ですべてが解明できるわけもなく、生命を痛みなどの感情を伴う「いのち」として捉えることも必要です。これまでの科学は、論理や数値を前提とし、感情の入る余地はありませんでした。けれど、人間が扱う以上、人と人とがぶつかりあうところに本質はあります。AIが発達するなか、そここそ人の出番であり、本学ならではのサイエンスの形があると考えます。53学長プロフィール みなみ・ひろふみ●1957年生まれ。広島大学教育学研究科博士前期課程修了(文学修士)、米国クラーク大学大学院修了(Ph.D)。専門は環境心理学。広島大学教育学部助教授、九州大学大学院人間環境学研究院教授、同大学教育学部長、米国ニューヨーク市立大学客員教授・フルブライト研究員、九州大学大学院統合新領域学府長などを経て、2023年6月より現職。大学プロフィール1907年私立筑紫高等女学校開校。1988年筑紫女学園大学開学。文学部(日本語・日本文学科、英語学科、アジア文化学科)、人間科学部(心理・社会福祉専攻、初等教育・保育専攻)、現代社会学部(現代社会学科)。福岡県太宰府市。2023 OCT. Vol.448 本 まとめ/堀水潤一 撮影/大原拓也
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