女子生徒が、延沢先生と対話しながら徐々に見えてきたものを言葉にした。 「後半は…何を体験したかで時間の価値は変わる、という例のように思います」 「そうだね。時間の価値とか、質の話をしているね。では前半の例は?」 「…量?時間の量や長さも、その人の感じ方で変わるという例?」延沢先生はやり取りした要点を黒板に書きながら、ここまでの流れを総括した。 「一般的には時間といえば、時計の時間がそうであるように『一定で均質なもの』ですよね。それに対して、筆者の論じる時間は『一定でも均質でもないもの』ということが見えてきたんじゃないかな」続いて2枚目のワークシートを生徒たちに配り、延沢先生が改めて呼びかけた。 「筆者の考えがつかめてきたと思うので、次の問いの回答を言語化してみましょう」シートに記されていたのは複数の設問。問1評論に出てくる「外部化された時間」とは何か。問2時間はつくるものと筆者が考えるのはなぜか。生徒たちはここまでに話題にあがった言葉も生かして、自分の考えをまとめ、回答を記述した。さらに延沢先生は3枚目のシートを配付(上の画像参照)。評論全体を対比構造で整理し、期末考査で出題した別の評論との類比にもふれたものだ。「上段と下段はどんなグループだと思う?」と問うと、生徒から「上は外部化、下は内部化」という意見が。それを受けて延沢先生は「上は『人間を外部に合わせるあり方』で、下は『生き物として自然なあり方』と言えるかもね」と言い足してこう締めくくった。「教科書には『人間存在と共にある時間』としか書いていないが、その対比を探れば『人間疎外的な時間』が見えてくるよ」していることは、一つは「汎用性のある読解力」を育むことだ。 「教材で扱う文章を読み込んで終わり、という授業ではなく、その学習のなかで、ほかの文章にも応用できる読む力を養いたいのです。評論を読むなら対比・相違点・共通点を意識するなど、まずは読むときの『型』を身につけ、そのうえで自分なりの『観方』を磨くというか。国語が得意な生徒だけでなく、苦手な生徒のなかにも、文章を深く読むためのトリガーをつくることができたら、と思っています」とも、国語学習の最重要課題に置いている。共通言語とは、学問の世界をはじめ、社会のなかで互いが同じ認識をもって用いる言葉のこと。生徒がそのレベルで言葉を使いこなせるよう、延沢先生は授業で扱う文章からキーワードを抜き出しては、どんな意味をもつかを生徒に言語化させ、「言葉を耕す」ことをしているのだ。 「共通言語を身につけていないと、この先、学問や仕事のために本や資料を読んでも筆者の意図を正確に汲み取れません。そこが課題であるのに、今は自分の好みに合うものをAIが勧めてくる時代なので、読書国語の授業を通して、延沢先生が目指また、生徒が「共通言語」を獲得するこ好きの生徒でも、せまい世界しか知らず、趣味の圏外の言葉は、まわりとの認識のすり合わせのない『個人内言語』に留まっています。国語の授業では、教科書の教材を中心に、知らない領域の文章を生徒に読ませることができます。探究的な学びで『生徒のやりたいことに寄り添う』ことも大事ですが、一方で強制的に『未知の世界に出会わせる』というのも、教員の大切な使命だと思うんですよ」授業のなかで「他者」と真剣に向き合う機会をつくり、生徒の価値観を揺さぶることもねらっているという。 「価値観が一つになるのは危うい、と感じているからです。例えば本校の生徒は、進学に向けて勉強をがんばっていて、教員もそれを応援しています。が、『目的を定めて時間を有効に使おう』という価値観に完全に染まると、本人がその方向から外れたときに自分を認められなくなって苦しんだり、あるいは違う生き方をする人を簡単に見下したりします。かといって『自由に楽しめばいい』という価値観に安易に流れると、自己鍛錬できる貴重な学生時代を無下にします。だからこそ、隣にいる仲間から、文章を介して出会った筆者まで、さまざまな『他者』と向き合って多様な価値観にふれて、自分の見方や考え方を絶えず更新して前に進んでほしいのです。読解力を高め、共通言語を身につけ、言葉を通して他者とつながることで、自分にはなかったものを知って成長する。他人とつながってその先に行く力を、国語の授業で育むことができたらと思っています」何のためにどうやって他者とつながるのか55生徒と対話しながら要点をまとめた黒板。皆で考えたことが眼前に立ち現れるチョーク&トークの凄みを感じる。生徒が未知の領域の文章と真剣に向き合う機会を生み出せる、というのも、国語の授業ならではの魅力。2023 OCT. Vol.448授業で配ったワークシート。評論の本文中のキーワードのほか、「そのワードの対になる言葉は何か」を考えて足された言葉もある。対比構造で考えると「見えているところから、見えていないところも推測できる」良さもあるのだ。
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