キャリアガイダンスVol.448
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延沢先生は授業を受けてきた生徒から、こんなことを問われたことがある。「現代文の授業って、今まで当たり前だと思っていたことをぶっ壊してくる感じで。先生はやっていて怖くないの?」その受け止め方は延沢先生にとって嬉しいことだった。「学びはある種の自己破壊で、怖いもの」と自身も思っているからだ。だからこう返した。「学ぶって多分そういう行為なのでは? 当たり前が壊れると、たしかに痛かったり不安になったりするけれど、その先でまた新しいものに出会えるのが面白い、と私は思う。『自己破壊』と『未知との出会い』を天秤にかけた時、『怖いけど飛び込んでみたい』と思えるといいね。一人では怯んでしまうことも、少なくともこの学校で学んでいるあいだは、一緒に飛び込んでくれる仲間がいるんだから」生徒たちが卒業までに、教員に自分の考えをぶつけられるようになる――いわば「議論できる人」になることも望んできた。それだけに、6年間教えた生徒たちの進路相談にのった時、こちらの提案や指摘に「いや、私はこう考えているんです」とガツンと反論された時は、思わず相好を崩してしまったそうだ。「反論されて喜ぶなんてアヤシイけれど(笑)、ニヤニヤしちゃいますよね」何よりもうれしいのは、生徒が習ったことを「覚えている」のではなく「自分の言葉として使ったとき」だと延沢先生は語る。例えばコロナ禍で、生徒たちのメンタルへの影響が心配されてアンケート調査を行った時、その質問紙で鶴を折って提出した生徒がいた。中を開けると、そこには手書きでこう記されていた。「この文章を読んでいるということは、折り紙を壊して中身を見たということ。僕たちはそうやって、痛みを伴いながら新しいものを得てきたはずです」     れもなく彼自身の言葉であり、延沢先生は胸が熱くなったという。「生徒たちには『方丈記』の一節を引き合いに出して話をすることもあります。『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず』。流れているものは腐らない、と。これからも生徒と一緒に自己破壊を繰り返しながら、私自身も学び続けたいと思っています」授業で伝えてきたことを咀嚼した、まぎ怖くもある自己破壊に仲間と一緒に飛び込んでいく一緒に学ぶ仲間がいる。その環境下で成しえる「学校だからこその学び」がある、と延沢先生は考えている。評論の対比のほか、文章の展開には「期待されている何かがある→想定に反することが起きる→驚く/落胆する」という流れが多いことも伝えている。延沢先生はこの展開を「びっくり問題」「がっかり問題」と呼んでいる。 延沢先生には6年間、国語を教わりました。よく覚えているのは、小説を読んだあとで「私はこう思う」と言った生徒の考えに先生が応える形でしか解説を受けられない授業です。中学生の時で、そんな授業は初めてだったのでびっくりしました。学びとは与えられるものではなく、取りに行くものだ、と教わったというか。「わからないことがあれば自分の言葉で投げかけにきなさい」とも言われていたので、次第にみんな、先生に質問をしにいくようになりました。「私はこう思ったんですけれど」って。お世辞で褒めることはしない先生。でも私たちが自分で考えてがんばったことは、いつも本気で応援してくれました。 思考の仕方も教わりました。例えば、全体像がつかめないときは細かく分割して考えてみる。1本の物差しを置いて、その物差しに対して当てはまるか当てはまらないかで考えてみる。そうした頭の使い方は、大学受験から今の大学での勉強、そして普段の生活で課題にぶつかったときの対策まで、幅広く生かせるものだった、と今感じています。2023 OCT. Vol.448例えば、物事を知らないと読解が変わってしまう体験をさせて、知識を軽視しないように促している。また、作品が書かれた時代に立って文章を読まないと読み違える例を指摘して、「読む以前」を耕している。延沢先生は入試問題の分析も大事にしている。受験対策となるほか、どんなテーマで何を問うたかに着目すると「大学の先生方の今の問題意識が見えてくる」からだ。そこで感じた時代の変化を生徒とも共有していくという。生徒の考えを否定せず伸ばすことが大事な場面もあれば、他者とつながるための共通項を生徒が学べるよう促すことが重要な場面もある。だから、生徒の「思考の壁」になることも教師の仕事だ、と延沢先生は思っている。卒業生INTERVIEW57自分で思考するとはどういうことかを的確に教えてくれた東北大学今野和香さん読むときの型を教える読むときの型から学ぶことで、国語が苦手な生徒でも、文章を深く読めるようになってもらいたいです。知らない領域の文章と向き合わせ、他者とつながるための共通言語の獲得を促したいと思っています。自分を壊して新しいものを得るという、痛みや怖さを伴う学びに仲間と一緒に飛び込んでほしいです。ハッとする体験で読む以前を耕す入試問題から時代を見つめる寄り添う以外に壁にもなる

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