のですよね。でも、広島大学大学院の松嶋が、ナポリの人は逆に、システムが破綻なくスムーズに動く状態に苛立ちを覚えるそうです。思うに、ある仕組みに対して自分の身体や思考がコミットできずにいると、そこに自分が存在しているという実感が希薄になるからではないでしょうか。介在する余地がないことにストレスを感じるのでしょう。気持ちは、よくわかります。昔は車の構造もシンプルでボンネットを開けて修理できましたが、コンピュータ制御になるとお手上げです。私たちは、いつの間にか情けない体にさせられてしまって健准教授から聞いた話ですいるのかもしれません」賃貸物件における退去時の原状回復も、そうしたことを助長している。 「住む前の状態に戻すことが絶対条件となると、自分が暮らしやすいよう大胆にカスタマイズしたくなる気持ちは抑えられてしまいます」本来、家とは住む人の想像力が問われるのに、パッケージ化された商品になっているところに問題があると家成さん。その点、ドットアーキテクツが手掛ける建築には、そこに住む人や関係者が、作る側として深くコミットするケースが少なくない。森に行ってみんなで木を伐りだすことから始めることさえある。 「食べ物や洋服もそうですが、どのような材料ででき、どういう人たちが関わっているかというリアリティをもつことで、生きていくことの本質が見えてきますし、環境問題だって自分のこととして考えられる。人間らしく生きるため、作ることを手放してはいけないと思います」与えられたものを無自覚的に使うのではなく、その過程には本来、使い手の介在する余地はたくさんある。そのことを意識するべきなのだろう。ドットアーキテクツには大学で教えたり、農業に関わったりしているメンバーもいる。家成さん自身もコロナ前までは近くのバーで月数回、バーテンダーとして働いていた。 「一つの職業を突き詰めることも大切ですが、専門以外のことが見えにくくなります。複数の役割を担うことで視野は広がり、息苦しさも減ることを実感しています」事務所のあるコーポ北加賀屋も、そうした場であることが意識されている。元家具工場の広い敷地には、アート、デザイン、メディアなどジャンルの違う7つの組織が同居し、共有スペースを使った展覧会やイベントでは多くの人が出入りする。 「高校生にも来てほしい。アーティストなど普段は会わない人と接することで、学校の外側にも学びの世界があることを知ってもらいたいです」ドットアーキテクツは舞台美術や展覧会の制作などにも携わっている。 「粘菌がテーマの展覧会では、大学の先生にこう教えてもらいました。粘菌で合目的的に動くのは8割くらいで、残りはいわば遊んでいる。けれど環境が激変したとき、8割は死に絶え、遊んでいた2割が新たな環境で生き延びると。そう考えると、効率重視ですべてを今にアジャストしていたら、何か起きたとき全滅してしまいかねません」余白というか遊びというか、一見、本筋とは違うことをすることの重要性。種の生存というレベルにおいても意味があるのではと家成さんは話す。余白や遊びがあることは種の生存レベルの問題!?余白が生む未来19小豆島の「Umaki camp」(2013)では、石積みを含め施工プロセスに多くの地元の人が参加。建物完成後も、映画の自主制作・上映会の舞台となったり、ヤギの飼育がされたりなど、地元の人の手で運用される。 photo:Yoshiro Masudaオフィスから徒歩3分の場所にある「千鳥文化」(2017)は昭和30年代の文化住宅をリノベーションした複合施設。食堂やバー、ギャラリーなどを有し、地域の人たちが緩やかに交流する。 photo:Yoshiro Masuda2024 JAN. Vol.449 使い手が介在する余地を残す。■Company Profi le株式会社ドットアーキテクツ(dot architects)●家成俊勝、赤代武志により2004年創立。大阪・北加賀屋を拠点に活動。一般的な建築設計だけに留まらず、施工、イベント企画、アートプロジェクトへの参加など、さまざまな企画に関わる。■Interviewee家成俊勝(いえなり・としかつ)●ドットアーキテクツ代表。1974年兵庫県生まれ。中高時代から建設現場でアルバイトし鉄筋工の経験も。関西大学法学部法律学科卒業。就活時期に行きつけの飲み屋のバーテンダーに勧められた本をきっかけに建築を志し、大阪工業技術専門学校夜間部に進学。専門学校在学中より設計活動を開始。現在、京都芸術大学空間演出デザイン学科教授、大阪工業技術専門学校建築学科Ⅱ部 非常勤講師も務める。
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