キャリアガイダンスVol.450
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いたものの、まさか初日の夜に病院の天井を眺めることになるとは…(笑)。なぜ、わざわざ市町村一周の旅をするのか。そんなことをして一体何になるというのだ?れる方もいるかもしれません。多くの友人は就活を終えたタイミングで、大学生活最後の1年を満喫しようとキラキラ輝いていました。一方、僕は本当に完走できるかもわからない、気の遠くなるような旅に出かけようとしている。僕自身がしたくて始めたことですが、旅に出た直後は「この旅をして一体、何になるのだろう」と思う気持ちがないわけではありませんでした。その不安の裏返しで「この旅を完走できたら、自分というものが見つかるのではないか」といった期待や、何としても成し遂げなければと気負うような気持ちもあったかもしれません。そう疑問に思わその気持ちがすっと晴れたのは、夏ごろでした。当時、僕は北海道を回っていたのですが、北海道だけで179もの市町村があります。途方もないような気持ちになりながら、毎日一つずつコマを進めるような気持ちで進んでいた、その北海道を回りきったときには達成感とともに、ハッとするような感覚がありました。全国の市町村を一カ所ずつ回るなかで、僕が目にしてきたこと。それは、どの土地にも当たり前のように「そこで生きる日常」があるということでした。この旅をしなければ僕が一生訪れなかったかもしれない場所で生まれ、育ち、働いて、暮らしている、それぞれの人生がある。その光景を各地で目の当たりにするたびに、僕は「なんて果てしないのだろう」と思いました。生まれてから人生が終わるまで、自分に見える世界がいかに狭いか。世界とは目にみえる範囲のことではなく、その「外」に際限なく広がっている。そこに無数の命があり、当たり前のように生活が続いていく。こう思えたとき、僕はなんだか自分が楽になるような感覚を覚えたのです。この感覚を言葉で伝えるのは難しいですね。例えば僕は最近、熊本県天草市の棚底港から船に乗って、旧御所浦町を訪れました。平日の朝7時45分発の船はほとんど満席でした。30代からら訪れているのはおそらく僕だけ。狭い船の中で地元の人たちが「おはようございます」と挨拶しあっています。この船に乗って仕事に向かう生活がそこには当たり前のようにあるのです。僕には衝撃でした。「自分に見える範囲は、実はものすごく狭い」ということを日々確認し、人生の一回性をしみじみ感じる。すると、そんな限りある人生     ―     で、これから僕はどうありたいのだろう。何を見たいのだろう。外から見てどんな意味があるかではなく、自然と自分自身にベクトルが向いたのです。2年間かけた市町村一周の旅は2020年1月に完遂。旅を発信したサイトは、たくさんの反響をいただきました。その後、旅で撮影した写真と文章をまとめた書籍の出版がきっかけで個展の話をいただくなど思いもよらなかったことがどんどん起きて、フリーランスの写真家として活動することになりました。そして今、僕は新しい旅の途中です。2023年4月から旧市町村と政令指定都市の区、合わせて2200ほどのまちをカブで回っています。毎日知らないまちに行きます。どの土地にも、当たり前のように僕の知らない日常がある。旅をして知るのは「僕はまだまだ、全然知らない」ということ。世界は果てしない。それを実感するたび僕は「限りある人生のなかで、どうしたいかは、きっと自分の心が勝手に選んでいくのだ」と思います。やりたいと思うことをやろう。見たい景色のほうに行こう。「知らない」を知るたびに、ふしぎと自分の足が地面をたしかに踏みしめるような感覚になるのです。特集 旅と学び13市町村一周の旅で最後に訪問したのが鹿児島県の屋久島。彩雲とよばれる虹色の雲を見た、その光景は忘れられないという。旧市町村と政令指定都市を巡る旅では船に乗り、旧御所浦町へ。平日の朝なのにほぼ満員。仕事や釣りに行くための生活の船だ。仁科さんが制作したウェブサイト『ふるさとの手帖』https://katsuo247.jp2024 APR. Vol.45050代の男女も多く、見たところ遠方か

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