〝道草〟で出合うものや五感で得る、たしかな感触で世界を実感し、自分に気づく旅が始まるふかわりょうタレント思3い立って、スマホを自宅に置いたまま3泊4日の旅に出ました。最近の僕たちはどんどんスマホを見つめる時間が長くなっていて、まるでスマホ経由で世界をのぞいているかのようです。その分、何を見なくなったのだろう。スマホの窓からではなく、その場に足を運び、自分の目で、体でとらえる世界はどう違うのか。まるで大航海時代に「海の向こうには、一体何があるのだろう」と大海原を見つめるヴァスコ・ダ・ガマのような気持ちで、東京から新幹線で向かった先は岐阜でした。 事前に計画をしていたものの、旅には想定外のことも起こります。それが美濃和紙との出合いでした。宿泊先のチェックインで署名をしようとしたところ、紙にインクが染み込んでいくのが、これまで味わったことのない、吸い込まれるような感覚だったのです。この感覚が鮮烈で、予定になかった紙漉き体験をすることになりました。 美濃和紙という名前は知っていても、それまで何の関心もなかったのに、不思議なものです。僕はいつも同じファミレスに通い、同じメニューばかり選ぶような人間ですが、いつもとは違う場所にわざわざ足を運んでみると、自分のなかに飛び込んでくるものの種類や感覚が変わるような気がします。 初めて訪れたバス停で、ぼーっと座っている。知らない景色を新鮮に眺めていると、ふと、木に青い実がなっているのに気づく。あれは何だろう、熟れる前の柿かな。そう見つめていたら、木の奥にある建物がカフェだと気づいて、ふらりと入ってみる。――こんな遠回りをしなくても、スマホで検索すれば「そこにカフェがある」という情報を一発で手に入れることができます。何ならわざわざ行かなくても、そのカフェについて知ることができるでしょう。だけど、道に咲く花の匂いや車が通ったときの振動など、その場にたどり着くまでの過程で感じることが、実は僕たちのこれからの豊かさにつながっているのではないでしょうか。 「スマホは悪だ。昔は良かった」と言いたいわけではありません。どれだけ便利になっても、僕らは「知る」だけでは満たされない生き物だと思うのです。気紛れな寄り道や道草から得られる、そのたしかな感触が僕らを充足させ、日常ではなかなか開かない感性の扉を開いてくれる。いつもなら通り過ぎるところに自分の意識が向き、違う自分との出会いをもたらしてくれる。忙しくてなかなか遠出できない先生方も、一度スマホを置いて、近所を散歩してみてはいかがでしょうか。よく知った街でも予測不能の、「知る」を超える旅が始まるはずです。今号のオープニングメッセージ取材・文/塚田智恵美 撮影/島袋智子ふかわ・りょう●1974年生まれ。神奈川県出身。慶應義塾大学在学中の1994年にお笑い芸人としてデビュー。現在は「バラいろダンディ」(TOKYO MX)のMCや、TBS「ひるおび!」のコメンテーターをはじめ、さまざまなテレビ・ラジオ番組に出演。DJや執筆など、活動は多岐にわたる。著書にアイスランド紀行「風とマシュマロの国」(幻戯書房)、「いいひと、辞めました」(新潮社)など。2024 APR. Vol.450スマホを置いて旅したら(大和書房)
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