キャリアガイダンスVol.451
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結果ばかり求めなくていい。〝今、夢中になっている〟その道中に、目的がある料理研究家今3みずから気づく土井善晴の高校生の周りには、手軽に楽しめる娯楽やサービスがいくらでもあります。退屈する暇もありません。社会の風潮が、非効率な作業や時間を無駄なものとして、徹底して、時短、タイパを肯定しているように感じます。つまり、面倒なことを否定し、単純化するシステム優先の社会です。そのおかげで、若い人たちが物事に慣れて、手早く手を動かし、自ら工夫して、効率よく作業を進められるようになる機会が潰されているのです。 子どもたち一人ひとりに魅力があって、素敵な才能をもっていると私は信じます。きっと、その子を愛し、心の支えにして生きている大人がいるはずです。その子がもっている魅力は、その子自身のセンスです。それは人と人の間にいることで、身につけたものでしょう。その魅力が、その子の人生の「土台(器)」です。 全ての学問は、その土台の上に積み上げてこそ、個性的で役に立つ学問になるのです。土台とは、中身です。数字合わせではなく、土台の上に自ら積み上げる力です。土台とは心ですから、数字に心がこもるのです。心のあるものだけが世界を動かします。人間は自然の一部であり、人間は料理する動物です。つまり、生きていくための料理とは、人間の条件の大前提です(H・アーレント)。家族は一つの生命体です(現代では、料理しなくとも生きられると言う人もありますが、それは自立ではなく、そこに自由はないと思います)。 料理するとなるとレシピを探す…レシピは誰かが考えたことを、なぞる行為です。原初的な生きていくための料理とは、ある食材を、焼くか、煮るか、炒るか、蒸すか、生すかして、食べられるようにすることです。そうした超純粋なところから料理を始めれば、調理の行為の全てを意味づけられるのです。つまり自らの気づきに基づいて作業を進めることになる。多くの調理は化学変化ですが、時間は待ってくれません。じっくり考える間はなくて、えいやっと判断する。結果、否応なく直観を働かすことになるのです。無論、満足できる結果ばかりではありませんが、それが経験です。そのように原点から、経験を積み上げていくのです。調理の目的は、人間のあらゆる情緒に影響し、行為していることにも気づくのです。 料理は人間の物質代謝ですから、あらゆる物事、行為の起点にあります。つまり基準は私たちの日常の暮らしにあるのです。基準がなくては判断できない。暮らしの土台が基準となるのです。土台をもつことで、誰にも、自ら人生を豊かにするチャンスがあると信じます。今号のオープニングメッセージ取材/塚田智恵美 写真/吉永智彦どい・よしはる●1957年、大阪生まれ。スイス、フランスでフランススス料理を学び、帰国後、大阪「味吉兆」で日本料理を修業。1992年年年に「おいしいもの研究所」を設立。東京大学先端科学技術研究セセンター客員研究員、十文字学園女子大学特別招聘教授、甲子園園園大学客員教授。2022年度文化庁長官表彰受賞。味つけはせんでええんです(ミシマ社)2024 JUL. Vol.451

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