行動で示すために、大学卒業後も活動を続けていこうと決め、就職しない選択をとりました。イベントの活動をしながらコンビニでのアルバイトを半年続け、その後はアパレルブランドの倉庫でのアルバイトを1年ほど。しかしイベント準備との両立で、多忙を極め体調を崩してしまい、健康や年収、社会的立場など生きる基盤をちゃんとつくりたいと就職活動を開始。人材会社の営業職に採用されました。そこでこんな言葉を聞いてはっとしました。「6回転職している人がいたとしたら、それは『6回採用している人がいる』ということです」 この言葉を聞かなければ、のちに「転職」にネガティブなイメージをもつこともあったかもしれません。しかし、働きながらも、日に日に「この仕事は自分に合わない」と感じるように。生じた違和感を、世間体のためにと押し殺して続けていくのは私にはできず、退職。その後はWebマーケティング、書店スタッフ、商業施設の事務局・広報と転職を重ねていきました。6社目となる、お菓子のスタートアップ会社での採用面接は、他とは違いました。ネットで公開していた私の文章を読んでくれた社長が「ひらいさんのこの文章を生かしてほしい」と、自社メディアの運営や編集、ライティングの仕事をすすめてくれたのです。趣味の範囲でやってきた「文章を書くこと」を認めてもらい、不思議な気持ちになりました。そして入社を決意。これまで「自分が苦手なことに取り組むのが仕事」と思っていた私ですが、自分が無理せずにやれること、周りから求めてもらえることを仕事にしてみたら、びっくりするほど働きやすかったのです。隅田川近くにあるオフィスに通う毎日。人にも恵まれて、自分の好きな仕事をしている…。それなのに私はまた違和感を覚え始めました。職場に窓が少ないこと。会社のそばにランチを食べられるようなお店がほとんどなく、みんなデスクでごはんを食べていること。5回転職してきて、これ以上自分にとって居心地よく働ける会社はないと確信していました。それなのにまた私は仕事を続けられないのか?どれも小さな気がかりじゃないか。そんなことばかり気にしていては贅沢だ。そう自分に言い聞かせようとしたものの、違和感は体調に表れ、少しずつ不調をきたし始め、さらに、会社員としてさまざまな制約のなか文章を仕事にすることのつらさを感じるように。ここまで条件の良い会社でこうなるということは、もう私には「会社で働くこと」そのものが合っていないんだて退職し、フリーランスになる決意をしました。親が会社員だったということにも影響されていたのか、フリーランスで働くことはそれまで選択肢にも入っていませんでした。自分の意思だけで選択していたら、まず辿りつかなかったでしょう。自分にとってこれ以上ないと思うほど条件の良い会社でも、働き続けられなかった。その事実が自分に大きく作用して、現在のフリーランスの道に至りました。2022年春にフリーランスになってからはさまざまな機会に恵まれ、依頼を受けてエッセイを書いたり、書籍を出したりしました。フリーランスは人間関係や働く環境が固まっていないため、自分が守りたい生活を大切にしながら、柔軟に仕事内容を模索していくことができます。自分には合っている働き方なのかもしれません。今の仕事を定義するなら、身の回りの出来事を題材に「借り物ではない、自分の心に忠実な言葉」で人に伝える仕事です。例えば慣用句や常套句は便利ですが、その表現は、本当に自分の感じたことに沿っているでしょうか。「目から鱗が落ちる」と言いますが、私に生じたのは本当に「鱗」が落ちる感覚だったか、もっと別のものではなかったか。そうやって自分の心に忠実な言葉を追究していくと、自分らしい文章になっていく。自分の心に忠実に書き続けるには、小さな違和感であっても放置してはいけないのです。職場に窓が少ないことが、まったく気にならない人もいると思います。でも、私は気になってしまった。そういう小さくて確かな違和感を我慢しないことが、自分の心に忠実な表現や人生の選択につながっていく。いちいち違和感を抱く自分を「贅沢」「わがまま」と思ったこともあったけれど、そういう自分だからこそ、この道に辿り着いたのかもしれません。― め、自分なりに動き出すことに。試行錯誤職のプロ」と呼ばれることもあります。今思えば、その根っこには、違和感をスルーするのが苦手な性格があるのかもしれません。検事に憧れて、大学では法学部に進学。しかし教授に「法曹の仕事は、人の不幸の上に成り立つもの」と言われたことで気持ちが変わりました。今思えば、法曹界の良い面ばかりを見ている学生たちに、違う視点を与える言葉だったのかもしれません。しかし私は「誰かの不幸せによってお金をもらうような仕事に就きたくない」と考えてしまって、検事の夢を断念しました。そのころ、普及し始めていたスマートフォンに欠かせないレアメタルを生産するコンゴ民主共和国で、希少な金属が紛争の軍資金となって紛争状態を長引かせていたり、女性に対する性的暴力が横行したりしていることを知りました。私たちの便利さや幸せは、誰かの犠牲の上に成り立っている。これに強く違和感を覚えた私は、コンゴの問題を多くの人たちに伝えるたを重ねて、自分の大好きなメロンパンを切り口にしたイベントを思いつきました。そして主催した「メロンパンでコンゴを救う」メロンパンフェスは盛況で、メディアにも取り上げられました。すると「どうせ大学生が就活のネタづくりのためにやっているんだろ」などのコメントが。誠実さをそう踏ん切りがつい「転職」はネガティブじゃない?いちいち違和感を抱く自分と借り物ではない自分の表現2025 JAN. Vol.453私を創っていく機会と選択1520代で6回転職。友達にはふざけて「転
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