キャリアガイダンスVol.454
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ここで安藤さんが「わかりやすい外馳川先生は「授業に、あらかじめ髙林先生からは、技術革新が起こり、新しい職業がどんどん生まれていく時代に「どこかの企業に雇われて働く」ための力だけを教えていて良いのか、という問題提起がされる。「職業観育成の授業は、ともすれば、職業を社会の中の〝枠〟のように捉え、どうすればその枠に生徒を当てはめられるかという指導になりかねない。すでにある職業名のリストから『どれにしようかな』と選ぶことだけが〝職業選択〟ではないと知ってほしい。そのためには、人それぞれに異なる、働くことい昨今。髙林先生は、「商業高校の授業で扱う接客や簿記といった内容は、以前なら職業選択に直結するものでした。しかしAIの出現によって、どんどん仕事内容が変わるのが当たり前になっていく。だからこそ、高校時点でどの職業を選ぶか以上に、選んだ先でキャリアチェンジをしたいと思ったら、自分で動き出せる力をもっていることが大切になるのでは」と語る。金子先生も「動き出そうというとき、外側の価値に惑わされない選択の軸を、自分の中で育てていくこと」の大切さを指摘。「探究の授業の最初のステップとして『自分を知る』ことを掲げています。自分を肯定的に捉えて、自分にとっての幸せを理解するところから、探究が始まると考えている。職業選択も同じで、『何をしているときに幸せを感じるか』『社会にどう貢献したいか』というような自分の軸が見えてくると、職業への見方も一段階深まり、自分の人生を主体的に生きられるようになるのでは」(金子先生)側の価値に惑わされずに、世にある職業を見るというのは、大人にとっても大切なこと」と話し、「その〝みずから立ち止まり考える〟力を育てるためには、どんなことが大切なのか」と問いを投げかける。余白を織り込んでおくことではないでしょうか」と回答。「例えば一見、暇そうでゲームばかりしている生徒がいても、それは『自分の心が動くこと、やりたいことが見つからない』という状態かもしれない。それなのに『暇そうだから』とやるべきことを課してばかりいては、自分自身についてじっくり振り返る機会がなかなかもてません。生徒が自由に感じ、気づき、自分について考えることができるような余白を、授業のあらゆる場面でデザインしておくことが、結果として、生徒たちのみずから立ち止まり考える力を育んでいくのでは」(馳川先生)の楽しさを、もっと伝えていきたいです」(髙林先生)職業は、決まった〝枠〟ではない。先生方が多様に教員像を言い換えたように、人それぞれにその職業に抱く意味や役割は違う。教員は、生徒にとって最も身近な職業の一つだが、ワークで出てきたようなそれぞれの思いに生徒が触れる機会はなかなかないと、先生方は言う。またワーク中には、教員という職業が「装置」に思えてジレンマを感じることがある、という発言もあった。職業に対するこうした自己批判的な意見を、生徒が聞く機会はどれだけあるだろうか。やりがいや意義など仕事の良い面ばかりが取り上げられがちだが「ジレンマを抱えながらも、どのようにその職業に就いているか」という姿勢からも、生徒たちは何かのヒントを見出すかもしれない。栗山先生は「そもそも今日のように、さまざまな側面から職業を捉える場が、学校にあってもいい」と話す。「時間の制約があるなかでどのようにその機会をつくるかは難しいところですが、職業とは何か、仕事とは何かということは、私たちも一生考え続けるようなテーマ。なかなか答えが出ないものだということは大前提として、生徒たちにも問いかけてみたい」と語った。職業の変化する時代に一生考え続ける「働く意味」職業選択は「働き方」ひいては「生き方」選択でもあります。だからこそ急かさず、効率を求めず、授業に意図的に余白を取り入れたいです。職業をみずから創り出す時代に「雇われて働く」ための力だけを教えていて良いのでしょうか。私はもっと「働くことの楽しさ」を伝えたいです。馳川祐子先生髙林直人先生2025 APR. Vol.454職業観イメージを超える職業観23      

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