自らの足で車を引いて、その街を案内する──人力車が商いとして成り立つには、地域の魅力と、その地域を訪れる人たちの存在が欠かせません。地域とは切っても切り離せない存在の私たちだからこそ、ここ川越の人たちが喜んでくれることを、全力でやりたい。それが私の根っこにある思いです。京都で生まれ育ちました。実家は製造業の商社で、いずれはそこを継ぐつもりで営業の仕事をしていましたが、25歳の時にリーマンショックで家業が傾き、「このままではいけない」と外に出る決断をしました。世界経済の動向ひとつで、事業は大きく影響を受ける。そのインパクトの大きさにショックを受けながらも、何の仕事をしようかと考えていた時に、目の前にあったのが人力車でした。知り合いが人力車の俥夫をしていて勧められたこと、そして気持ちの整理のため京都を離れたいという思いも重なり、全国展開している会社で働くことにしました。赴任先は大分県の湯布院。その地らしい自然の豊かさを活かした、観光地です。川越に「何か足りない」それは自ら見出す魅力の余白53京都府生まれ。地元の学校を卒業し、家業を手伝った後、26歳のときに全国展開をしている大手人力車運営会社に入社。主に大分県湯布院で俥夫として働く。30歳になる前に退職。2016年に会社を立ち上げ、川越人力車 いつき屋を運営。2026 JAN. Vol.457取材・文/塚田智恵美 撮影/竹田宗司 教育業界でも注目されるアントレプレナーシップ(起業家精神)。この連載では、全国さまざまな地域の未来に向けて取り組むアントレプレナーの方々を取材し、何かを変える一歩目の踏み出し方、高校教育にも通じるアントレプレナーの視点を探ります。
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