キャリアガイダンスVol.457
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そんな状況ながら研修を受け、道を覚え、走り始めました。人力車はただ走る仕事ではなく、お客様の望むことを聞き出し、オーダーメイドで観光案内をする仕事です。立ち寄る場所や会話など、案内する俥夫によって体験がまったく変わります。すべては自分の魅力次第。1組ごとに振り返り、「次はもっとこうしよう」と積み上げていく。その面白さに、私はどんどん惹かれていきました。またま川越出身でした。湯布院で3年ほど働いて退職。29歳の頃、その友人に誘われて初めて川越を訪れることに。友人から「京都ほど大きな観光地ではないけれど、古い建物が残っていて人力車も走っている」と言われて来てみたら、確かに観光地ではあるものの、京都や湯布院と比べて何かが足りないと感じました。力を見出す余白があるということ。関東での出店を考えていた時期でもあり、「この街で走りながら、新しいことを発見できるかもしれない」と思い、川越人力車いつき屋を立ち上げることにしました。も川越に人力車があることも知られていませんでした。周囲からは「初めの3年は赤字経営だと思っておけばいい」と言われていたので、まずはこの地域を知ることから始めました。俥夫の仕事は未経験で、土地勘もない。当時、同じ寮にいた同年代の同僚がた何かが足りないと感じるのは、自ら魅開業当初は観光客も少なく、そもそ川越と湯布院では地域の構造が違います。湯布院は旅館業が主体で、戦略的に観光を育ててきたエリアです。川越は伝統と歴史がある街ですが、一時は寂れ、蔵造りの建物が取り壊されていく時代もありました。当時の商店街の青年たちが蔵造りの建物の保存活動を始め、街の人たちに育てられて、今の街がある。その歴史に、私は最も惹かれました。その蔵造りの建物が建ち並ぶ川越一番商店街を第一の拠点とし、商店街の方や地域に住む方たちに挨拶をして回りました。お祭りや商店街の事業にも積極的に参加。知り合うたびに、この街の人たちのアットホームさを感じていきました。 「だから、この街を愛せる」。そんなふうに私が思うところを、街を訪れた人たちに伝えていきたい。そこで、自分が俥夫としてお客様を案内するときにも「川越にはいい人が多いので、商店街の人にもどんどん話しかけて、話を聞いてみてくださいね」と言うようになりました。観光で訪れた人が店の人と会話し、関係が生まれる。それが川越らしさにもなると。このような形で、人力車は観光客と地域をつなぐ架け橋にもなれるのだと学び、少しずつお客様も増えていきました。難しいのは、後進の人材育成です。人力車は俥夫の存在が非常に重要。それぞれの個性や視点を活かして、川越の魅力を案内してほしい。ただ俥夫の志望者は川越出身だけではなく、私のように他県から来る人も多いです。だからこそ、第一に街を好きになってもらわなければい「私が」街を愛せる理由2026 JAN. Vol.45754        

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