キャリアガイダンスVol.458
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仕分けの理由を共有しながら、議論はさらに熱を帯びた。安宅先生が「AIを使わないという選択肢はない。何でも禁じるのではなく、使いこなせるようになってほしい」と語れば、鈴木先生は評価設計について、「AIを使った成果物を評価する一方で、それをAIが使えない状況下で問い直し、その答えでも評価する。この2つの評価軸を教員側が設計できれば、生徒ごとの習熟度に合わせた最適な指導へと柔軟に移行できる」と言及した。議論を通じて、先生方の間には「リテラシーとして最低限指導すべきところはどこか?」「AIを活用した後に生徒が使い方を振り返り、より自分を成長させていくように使い方を再検討するようなプロセスは、どうすれば生まれるか?」といった新たな問いが次々と生まれた。議論は、表面的な利用の是非を超え、生徒の「考える力」と「生きる力」はどこで育まれるか、に及んでいく。質は変わらない。どれだけ禁じても、やる生徒はやる。出てきた結果がその後の教育としてより良い方向に向かえばいいのではないか」(鈴木先生) リテラシー教育のうえで「包丁も使い方を誤れば人を、自分を傷つける。だからといって『包丁を使うな』にはならないですよね。道具自体に善悪はないので、使いながら生徒と共に良い使い方を学んでいきたい」と、体験を重視する姿勢を見せた。村田先生も、ほぼすべての活用例を「許せる」とした。「AIは、使った後が大事。最初は丸投げでも、自分の頭の中にあるものを少しずつ言語化していくプロセスが加われば、最終的に自分の創作物になるはず」(村田先生)ただし唯一「人を傷つけるもの」だけは許せない、と線引きした。「私の授業では、数学の問題を生徒に作らせてみんなの前で発表させることがある。そのとき、AIを通じて友達を傷つけるような文章問題を出力しないように、意識させている」と話し、生徒の倫理観に働きかけながら向き合う姿勢を見せた。表面的な活用の是非を超えてAIに判断を委ねると危険な分野は何か     「思考の主体性」を守りたいあらゆる活用を前提に「その後」を考えたい2026 APR. Vol.45819基 本 的にAIの利 用は許容しますが、人を傷つける作品を作ることは許せません。重要なのは、使った後のプロセスです。最初は丸投げでも出力結果に妥協せず、自分の考えを少しずつ言語化して、最終的にみずからの手で作り上げる過程があるなら良いと考えています。検索補助や、ゼロからのアイデア出し、評価ツールとして使う分には生徒にプラスとなると考えます。一方、すべてを任せる丸投げは許せません。また、情報の正確性が不十分なため、入試など生き方に関わる重要な判断をAIに委ねることには不安があります。宿題を自力で解いた後の確認としての利用は許せますが、最初から解かせる丸投げは許せません。また、ゼロからスライドを作らせることには迷いがあります。最近はAIチェッカーが普及し、どんどん「人間味のある答え」に寄せられるのも迷いどころです。AI利用を制限する基準は、法に触れるかどうかです。「絵を描く」「ゲームをつくる」を境界線上に置いているのは、著作権に触れる可能性があるから。法律の知識とリテラシーをもつことを前提とし、最終的に生徒の成長につながるのであれば問題ありません。A I 時 代 の 「 考 え る 力 」を ど う 育 む か

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