キャリアガイダンスVol.458
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―生成AIを使い続けると、頭が悪くなる!?あえて研究者らしからぬ表現を使いましたが、多くの教育関係者が感じている率直な懸念だと思います。この漠然とした感覚を科学的に裏付ける研究結果が昨年マサチューセッツ工科大学で発表されました(Lou合性を解析した結果、自らの脳だけで課題に取り組んだ参加者は強い神経活動を示し、記憶の想起も優れていたのに対して、生成AIに丸投げした参加者は脳が活性化せず記憶も定着しないことが明らかになったのです。想像通りの結果ですが、この研究には続きがあります。最初は自力で考え、その後生成AIを使った参加者は、常時生成AIを使用した参加者だけではなく、自らの脳だけで取り組んだ参加者より高いパフォーマンスを示したとのこと。つまり、生成AIは使い方次第で脳を退化させる毒にも、ブーストさせる薬にもなるということです。ここで思い起こすのは、四半世紀以上前の私の博士論文です。私の出発点は、教育をシステムやテクノロジー利用の視点で捉える教育工学であり、当時の研究テーマは「テクノロジーによる学ぶ能力の拡張」でした。その際に出会ったのが、う比較概念です(下図)。前者は人間が道具を使っている間だけ発揮される能力であり、後者は道具を使った経験によって、道具がないときでも本人に残る能力のこと。例えば、算盤を使いこむと脳の回路が変わり、算盤なしでも高い計算能力を発揮しますよね。電動アシスト自転車も、モーターに頼りきりでは脚力は衰えますが、急な坂だけは助けを借りるように使えば脚力を維持・増強できるでしょう。この概念のTools替えても同じです。例えば、最近の棋士はAIでトレーニングを積み、今までにない定跡に通じていますが、対局時にはAIを使わずに、脳に組み込まれた新たな能力を発揮しているわけです。ただ、相手も同じくAI的な思考を極めていると互角になり、個性や直感、心理戦を含めといたAIを超える一手が勝負の分かれ目になるとか。AIによってAIがないときでも人の能力が向上する好例です。生成AIを使って良いパフォーマンスを出すことよりも、プロセスをAIと読みを通じてどう成長するか。営利企業ならいざ知らず、教育の現場では、ことさらそれを問わなければいけません。ですが昨今の学校は教員も生徒も忙しく、効率やタイパ重視の風潮が加速しているように思います。そうした状況を憂い、私はよく白洲次郎のエピソードを引用します。戦後、GHQが新憲法案を提示した際、白洲はこう語りました。「アメリカから押し付けられたところで日本人は民主主義を理解できない。そうしたエア・ウェイ(空路)ではなく、試行錯誤しながらオフロードをジグザグ進むジープ・ウェイを通じてこそ定着する」と。生成AIに丸投げするのはエア・ウェイです。そこには、自分たちで悩み、葛藤し、選択するプロセスが欠落しています。また、アウトプットに対して「自分が導き出した」という手応えや充足Tools"ffectofと"E"Efw,N図          fectTools"ithise2025)。脳波を測定し神経の結プロセスの再評価と学びのオーナーシップ使い方、捉え方次第で毒にも薬にもなる生成AI飯吉透悩みや葛藤の先にある「学びのオーナーシップ」を手放すな教授京都大学学術情報メディアセンター大学院教育学研究科 “Eff ect with Tools”と“Eff ect of Tools”Effect with Tools (AI)Effect of Tools(AI)インタビュー2026 APR. Vol.45828※Salomon&Perkins(2005)をベースに飯吉教授が補足人間がAIを使って何かを遂行した後に、その経験を通じて、AIを使わないときにも人間の特定の能力が向上していたり、新たな能力が身につくという概念。取材・文/堀水潤一 撮影/道海史佳人間がAIを使っている間だけ得られる共作用であり、例えばAIに特定の知的な作業を依頼し、人間がAIとやり取りをすることを通じてのみ何かを達成できるという概念。

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