AIは思考の「空白」を生むか成長の加速装置になるか。共に失敗し、模索し続けようAIと未知羽生善治今3棋士今号のオープニングメッセージや将棋界において、ほとんどの棋士が何かしらAIを活用しています。ただ、事前の研究や準備にAIを用いるとき、注意したいことがあります。対局中、相手が予想もしなかった手を指してくるなどして、AIとのシミュレーションから離れ、「想定外」の展開に入った瞬間。このとき、突然知らない局面に放り出されるような感覚になり、熟練のプロ棋士であってもミスが起こりやすくなっているのです。 AIの活用以前は、それまでの知識や思考の積み上げのうえで、考え続けることができました。喩えるなら、山を一歩ずつ確実に登るようなもの。しかし思考のプロセスをAIに委ねていると、いざ想定外のことが起きたとき、標高1000メートル付近でヘリコプターからいきなり降ろされ「さあ、ここから登りなさい」と言われるような感覚になる。AIのガイドという羅針盤が効かなくなったとたん、自分がどこにいて、どちらを目指せばいいのかを見失ってしまうのです。こうした現象を見るに、ただ知識を取り込むだけでなく、なぜその手が良いのかという周辺の論理や、そこに至るまでの過程をしっかり自分のものにしておくことが重要だと感じます。 もっとも、「AIが人間の思考力を弱める」と言いたいわけではありません。みずから問いをもち、AIとの対話を繰り返すことで、誰かに教わらなくても、一人でどんどん進歩していけるようになる人もいるはずです。その人たちにとっては、いわば成長のための強力な加速装置を手に入れたようなもので、かつて習得に5年かかったことが半年で可能になるのも、十分にあり得る話でしょう。 今は「AIに面倒なことや大変なことを代行させる」という、利便性を高めるツールとして使われるのが主流になっています。しかし、単に楽をするためだけに使うのはもったいないようにも思います。人間そのものの才能を伸ばし、上達するため、AIをいかに活用していくか、を考えてもいいのではないでしょうか。 私自身、AIをどのように使うのが正しいのかは、まだ試行錯誤の最中です。しかし、この模索に年齢や経験は関係ありません。私たちは皆、同じスタートラインに立っています。AIを使って「これは間違いだった」と経験することも含め、失敗から学ぶのは決して悪いことではないはずです。それに、どれだけAIが進歩しても、既知では乗り越えられない未開の領域は、必ずあります。その領域に向かう力を身につけるには、あえて「羅針盤の効かない環境」を作り出すことも必要になるかもしれません。AIを使えない環境で「知らない局面」にぶち当たってみる。人間同士で議論し、互いに間違えながら結論を出してみる。行ったことがない場所へ行き、知らない経験をする。その「未知と対峙する力」をもっていれば、AIと共に想定外の局面も楽しめるのかなと思いますね。はぶ・よしはる● 1970 年生まれ、埼玉県出身。小学1年で将棋を始め、6年のとき小学生名人戦に優勝。85 年に、史上三人目の中学生棋士となる。19 歳でタイトル戦(竜王戦)を獲得。47歳で七大タイトル全ての永世資格を達成し、将棋界初の永世七冠となる。2017年、国民栄誉賞を受賞。18年に紫綬褒章を受章。2026 APR. Vol.458取材・文/塚田智恵美 写真提供/日本将棋連盟
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