キャリアガイダンスVol.458
34/67

論理構成も言葉選びも酷似したコメントが並び不思議に思っていました。ある方から「それは生成AIで書かれた文章だ」と教えてもらい、そういうことかと腑に落ちたことがあります。また、別の方から「今の若い子はLIAIに考えさせている」と聞き、そこまで来たかと衝撃を受けました。聞けば、自分の生の言葉を使うと、知らず知らずのうちに相手を不快にさせてしまうかもしれず、そうしたリスクを回避するためだそうです。もともと日本社会には、感情を露骨に見せずオブラートに包む文化がありました。無用な最近、私のSNSの投稿に、断した結果を、自分のものとして引き受け、生きていかねばならないのです。生成AIというブラックボックスを使い続けることで、人間が本来向き合うべき揺れや迷いが削ぎ落とされているとしたら、なんともいえない違和感を覚えます。教育現場で生成AIを活用すること自体は有効です。膨大な情報を要約したり、整理できていない思いや、形になっていない言葉を整理するための壁打ち相手として使う分には、非常に強力な道具となります。ただ、行為の代替にはなっても、人間の脳の代替にはなりません。あくまで主体は人。意図をもって指示を出すのも、出てきた回答に判断を下すのも人間です。その点、AI時代における考える力には、次のようなプロセスが必要になるように思います。①フレームを外し、物事を俯瞰する。「自分が今、頭に描いていることは本当にそうなのか」「根拠はどこにあるのか」など、前提を疑う視点をもつ。②他者とも意見を交わし、ブラッシュアップしながら、その人なりの論理を構築する。③そうして出した判断や結論を自分のものとして、リスクも含めて引き受ける。誰かに何か言われて安易に曲げるのではなく、揺れに耐える持久力をもつ。人が思考するとは、かように複雑なもの。こうしたプロセスを経ず、生成AIの出す回答を鵜呑みにし、疑うことなく自分の意見としてしまうとしたら、NEの返信の文面を生成安居校長に聞きましたあくまで主体は人間。指示を出すのも判断を下すのも人ドルトン東京学園 揺れや迷い、不安や後悔を伴ってこその人の思考考える力の育成と、その先に必要なことインタビュー衝突を避けたい気持ちはわかります。だからと言って、それをAIに肩代わりさせるのはどうなのでしょう。そこには、「この表現で本当に伝わるのか」「自分を偽ってはいないか」などと自分に何度も問い掛け、迷いながら言葉を選ぶといった、人と人との関係の本質的な部分が抜け落ちているように思います。確かに、最新の生成AIは、揺れや迷いを含め、感情をもっているかのような人間らしい答えを返してきます。けれど、そうした感情めいたものは、あくまで人間が蓄積してきた膨大なデータの最大公約数に過ぎません。そこには、「この言葉によって誰かを傷つけるかもしれない。関係が壊れるかもしれない」という不安も後悔もありません。対して人間は、迷いながらも判大学や社会での取組を踏まえ、高校の教員はどのように生徒の考える力を捉え、育むべきか。広く発信を続ける安居校長が、何を危惧し、何を大切にしているのか伺いました。それは思考の主導権を放棄していることと同じです。生成AIに頼ることは、一見ラクをするようで、実は必要以上の負荷がかかるもの。出てきた回答の真偽を見極め、自分の        「恐れずに進め」は、今のドルトン東京学園の合言葉。「自分で選び、自分で判断し、自分で管理する。失敗や間違いを恐れずに、好奇心に素直になろう」と続く。AI に対しても恐れずに進めという思いが!?2026 APR. Vol.45834取材・文/堀水潤一 撮影/平山 諭

元のページ  ../index.html#34

このブックを見る