自分たちの仕事が、島の風景、人の営みをつなぐ□□□鹿児島の西部にある□□□島で暮らしています。i所属し主にホステルの運営をしながら、ヒューマンリソースマネージャーとして各店舗のヘルプをやりくりしてチーム全体をつないでいます。都会育ちですが幼少期から、群馬のNPOの自然体験活動に家族で参加しており、森の中で自由に暮らす経験からいつか地方で暮らしたいという想いがあったんです。多忙を極め、「このままでいいのか?」と考え退職。1年余り、移住先を探す旅をしました。そんな昨年の春、地域の困りごとを手伝うことで報酬を得ながら旅をするプロジェクトで現在の職場を初めて訪れました。下賢太社長が「百年先の風景をつくる」をミッションに、豆腐屋をはじめとして、パン屋、行商、古民家ホステルなどを営み、島外からの移住者が働いています。それぞれ主とする担当はあるものの、お互いの業務を手伝いながら運営しています。最初は2週間の滞在でしたが、スタッフたちとの交流の楽しさが忘れられず、再度数カ月の滞在予定で訪問。そのときに、社長の妻であり食の事業部門を担当する山下麻由さんから「あなたは人を巻き込む力がある。がんばり過ぎるほかのスタッフた京で生まれ育ち、都内の幼稚園で教員として働いた後、現在はちが肩の力を抜ける新しい風を吹かせてほしい」と言っていただき、正式に入社することになりました。実は同じことを高校時代の恩師から言われたことがありました。部活での悩みを他部の先生たちに相談したりしていたのです。すると体育祭のときにその先生たちが「体育祭実行委員長に立候補しろ」と。人前に出るタイプではないと固辞する私に、先生は「一人では何もできないことをわかっているからこそ、周りに声をかけて頼り、みんなで楽しく進められる。それがあなたの強みだ」と。無自覚だったその力は、幼稚園の仕事でも周囲と共に課題を解決するチームワークづくりをするときの励みにもなりました。私たち移住者を島の人々は「豆腐屋の子たち」と呼んでくれます。□島は人口約3500名。今は自治会にも加入して地域の清掃活動などにも参加していますが、すれ違う人に意識的に「こんにちは」と挨拶を交わしたり、豆腐屋に1日3回来てくれるおばあちゃんのおしゃべりにじっくり耳を傾けたり。そうした日常の些細な関わりも含めて、会社の存在自体が島の暮らしと地続き。風景や人のつながり、文化などを守っていくための豆腐屋でありパン屋なのです。日々働いていくことが、この島の未来をつないでいくための一片を担っていると感じながら心地よく暮らしています。islslandcompanyという会社にandcompanyは地元出身の山東 取材・文/長島佳子 撮影/中原慎弥 2026 JUL. Vol.45916まちだ・すみれ●1992年東京都生まれ。東京都立葛飾総合高校、日本女子体育大学幼児発達学専攻卒業後、東京都目黒区の平塚幼稚園で教諭として勤務。幼稚園退職後、「おてつたび」で鹿児島県□島のisland companyと出会い、アルバイトを経験した後、島に移住。主にFUJIYA HOSTELで勤務。株式会社island company 旅と暮らし事業部 ヒューマンリソースマネージャー 町田すみれさん30歳になったときに幼稚園の仕事が
元のページ ../index.html#16