キャリアガイダンスVol.459
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伝統文化を守り、つないでいくのが私の役割仕事に就きたくて警察官を目指していたのですが、建築士の父が手掛ける伝統木造建築への興味と、小さいころからものづくりが好きだったことから、大工も選択肢の一つと考えるように。大工は力のある男性の仕事というイメージもあったのですが、「ひとまず1年間やってみよう」と軽い気持ちで決めました。初めは専門的な知識も技術もありません。伝統構法を活かした木造住宅の建築現場に見習い大工として入り、棟梁について、道具の使い方から学んでいきました。そのなかで、自分の造ったものが誰かの住む家の一部として残ると思うと嬉しくて。同時に、伝統構法という日本の〝文化を守る〟仕事のやりがいも感じるようになり、気づいたら1年が過ぎても大工を続けていました。火災で焼失した首里城正殿の再建に携わることになったのは、大工3年目のとき。当初、住宅大工だった私は、社寺や文化財を専門とする宮大工の高度な仕事には関われないと半ば諦めていたのですが、父の知人を介して社寺建に採用され、当時最年少の大工として参加することになったのです。現場では、唐□玻豊※を飾る彫刻の下絵作りなどさまざまな経験をさせてもらっていますが、主な担当は正殿を支える丸柱の加工です。住宅建築とは、扱う木材の大きさも、使う道具の種類通科高校を卒業後、大工の道に進みました。元々は〝人を守る〟や数も違います。先輩方に教えていただきながら、一つひとつできることを増やしてきました。 「令和の復元」と呼ばれる今回の工事には、約30年前の「平成の復元」に携わったベテランが多く参加し、私たちのような若手に熟練の技術を教えてくださっています。よく言われることの一つが「木を見て使いなさい」。木は生きているので、後々に反りが出そうな部分を見極めて加工することが重要です。ベテランは「触ればわかる」と言いますが、私にはまだその感覚は掴めていません。何年もかけて体で覚えていくしかないと思っています。そして、先輩たちから受け継いだ技術を次の代へとつなげていけたら守る〟だけでなく、それを未来に〝つなぐ〟ことも、私の大切な役割だと考えるようになりました。正殿の完成は今年の秋。宮大工だけでなく、漆、瓦、電気などのさまざまな職人の仕事が積み重なって出来上がります。あの火災から再び立ち上がった姿を見て、誰かが少しでも前向きな気持ちになってくれたら嬉しいです。完成後、私は全国の寺社再建現場で技術を磨いていく予定です。この先、結婚や出産などを経て大工を続けることが、技術を授けてくださる皆さんへの恩返しだと思っています。そして、いつか首里城の別の棟の復元に、棟梁として関わりたい。それが今の目標です。―普□□□□     最近では、〝文化を2026 JUL. Vol.45918※唐玻豊…首里城の「顔」とも言える中央部分(写真中央)ごとう・あや●2002年、沖縄県北中城村生まれ。普通科高校を卒業後、木造住宅の大工として修業を開始。2023年10月より、文化財建造物の修復・復元も手掛ける株式会社社寺建に所属し、火災で焼失した首里城正殿の再建に現場最年少(当時)の宮大工として参加。取材・文/藤崎雅子 撮影/仲本 潤株式会社社寺建 宮大工 後藤亜和さん

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