キャリアガイダンスVol.459
25/66

前町長が決断したしかし、近年こそ立候補者が増え、23期の累計で議員数は273人にのぼるが、長らく定員確保が課題で、2020年代に入るまで選挙になることはほとんどなかった。その過渡期に3期連続で少年町長を務めたのが齋藤愛□□彩さんだ(写真上)。遊佐中学校2年生のとき初めて少年議員となり、羽黒高校(山形県鶴岡市)在学中の3年間を少年町長として過ごした。大学を卒業した現在は社会人2年目にあたる。何が彼女を突き動かしていたのだろうか。 「以前は都会に憧れ、何もない遊佐に生まれたことを不幸とさえ思っていました。でも少年議会に入り、町をPRするパンフレットを制作するため町内を巡ったところ、退屈に思っていた景色が変化し、魅力に気づいたんです。周囲の大人が子ども扱いせず、一人の人間として扱ってくれたことも嬉しく、活動にのめりこんでいきました」そして数々の政策を実行する。1時間に1本の電車を待つ高校生が邪魔にならないようホームにベンチを設置したり、町立図書館に、会話をしながら学習できるスタディスペースを設置したり。後者のきっかけは少年議会の視察にきた社会起業家と話すなかでユースセンター(中高生のための第三の居場所)の概念を知り、必要性を痛感したことだ。とはいえ大掛かりなことはできない。そこで、生涯学習センターに試験期間限定の自習場所を設け、ニーズがあることを実証したのち、図書館での常設につなげた。こうした活動を通じ彼女は「自分たちの町は、自分たちの手で変えられる」という実感を得る。JRへのダイヤ改正の要望など、実現しなかった政策もあるが、役場の担当者は背中を押し続けた。だからか、思ったことを即行動に移す習慣がついた。コロナ禍、高校が休校になった際、少年議会とシビックプライドの関係を論文にしようと思い立った際は、制度の生みの親である小野寺喜一郎元町長に電話をかけヒアリングをした。 「祖母が知り合いらしく、『喜一郎さん、孫の愛彩です』と連絡をしたら、喜んで創設時の思いを語ってくれました」こうした濃密なつながりや、名前で呼び合える距離感こそ、この町がもつ大切な資産だろう。この後に登場する人物の多くも、実は恩師と教え子だったり、あるときは助け、あるときは支えられる関係だったりと、幾重にも重なる縁で結ばれている。齋藤愛彩さんが少年議会の活動を始めたころ、町唯一の高校、山形県立遊佐高校では定員割れが深刻化。そこで、小野寺元町長の任期満了後、強いリーダーシップを発揮していた時田博機のが「遊佐町自然体験型留学生制度」の導入だ。各地で広がっていた地域・教育魅力化(高校魅力化)における国内留学のプラットフォーム、いわゆる「地域みらい留学」のことで、県外出身の生徒が親元を離れ、町の支地域みらい留学制度の始動□□      町・行政の想い大人の世界に触れながら成長受け継がれてきた主権者教育古窯ホールディングス元遊佐町少年町長□□25(右)鳥海山の伏流水で満たされた「丸池様」。エメラルドグリーンの水面を鬱蒼とした樹木が覆い神秘的。(左)町内のあちこちにある湧水スポット。年3回開催される少年議会には、遊佐町長、副町長、教育長、および各課長が出席。写真は、第23期の第三回少年議会の様子(遊佐町提供)。2026 JUL. Vol.459少年議会やデュアル実践を通して、自分で課題を見つけ解決するプロセスを経験することは、社会に出てから財産になるはず。大人の世界に触れながら成長していける環境を町として提供し続け、発展させていきたいです。町内に5校あった小学校は2023年4月、1つに統合しました。これで町内の小中高は1校ずつになり、より一層の連携がしやすくなりました。県外生の受け入れは、町民や小中学生の刺激となり、今後も町に活力をもたらしてくれるものと期待しています。この町には小さな自治体ならではの濃密なコミュニティがあります。また、大人への忖度なしにやりたいことを突きつめる中高生のエネルギーで満ちています。その象徴が少年議会。先々代の町長の時代から連綿と受け継がれてきた町の主権者教育の根幹です。議場が大人だけのものではなく、未来を担う若者の本音が飛び交う言論の場となっている光景は、まるで遊佐のパワースポット。遊佐町は、失敗を恐れず挑戦する若者を応援し続ける町です。遊佐町長彩さん遊佐町教育委員会教育長土門 敦さん美さん地域に根ざし、未来を織りなす仕事松永裕齋藤愛

元のページ  ../index.html#25

このブックを見る