i-Fiのスピードを確認することが最大の目援の下、遊佐高校に通う制度である。時田前町長から相談され、遊佐高校魅力化プロジェクトの中心人物になるのが、当時20代半ばの藤川かん奈さん(写真上)だ。京都で多世代が集う地域コミュニティを運営した後、遊佐へ移住。地域おこし協力隊として生涯学習に関わる傍ら、アパレルブランドを立ち上げた起業家でもある。「廃校阻止のために力を貸してほしいと言われたけど、どうしよう」とSNSに投稿したところ、親交のあった山形大学出身の二人から、「絶対やるべき」という前向きな反応があがった。一人は、東京のIT企業を経て庄内地方に戻り起業直後だった伊藤大□□貴さん(写真上)。もう一人は、数学教師を目指すも教育との関わり方を模索していた鈴木晴□□也さん(写真29ページ下)だ。たまたま人生の節目にいた二人は、自分たちも協力したいと、導かれるように遊佐に集結した。一方、高校側のキーパーソンが、当時教務主任で今は教頭を務める近藤信司先生(写真下)だ。演劇経験を活かし、中学生向けの説明会で表現豊かに場を和ませたり、文化が異なる学校と外部人材の橋渡しをしたり。中学生にインパクトを与えたのが2019年夏に開催された2泊3日の体験プログラムだ。鳥海山や日本海を舞台に、藤川かん奈さんら大人が遊ぶように働く姿に、中学生の心は動いた。そして、関係者の予想を上回る5人が入学を決める。こうして、廃校の危機にあった高校は、選ばれる学校へ転換する一歩を踏み出した。2020年3月、空き家を改装した寮に、5人の1期生が引っ越してきた。そこに、噂を聞きつけた2学年上の地元の高校生が訪れる。当時3期目の少年町長を目指していた、あの齋藤愛彩さんだ。「遊佐の人間とは違う視点をもっているだろう県外生に、絶対に少年議会に入ってもらいたい、と直談判に行ったんです」その熱意に押され、安藤希□□祥さん(写真左上)、小川萌□□衣さん(写真左上)ら3人が、第18期少年議会のメンバーに加わった。ただ、アクティブな小川萌衣さん(後に、学校の敷地に畑を作ろうと画策し、地域の人を巻き込み重機を運び込む騒動を起こす)をはじめとした少年議員15人と比べ、安藤希祥さんは声も細く、消極的であった。 「何かしたいとは思いつつ、ひきこもるために遊佐に来たようなところもありました。見学に来たときも、寮の個室の様子と的でしたし(笑)」と安藤さんは振り返る。齋藤愛彩さんは、そんな彼を敢えて少年副町長に指名した。 「お節介な性格上放っておけなくて、意図的に役割を振ったり、発言を促すなど、当事者意識を引き出すようにしていました」彼女のエネルギーを体いっぱいに吸収したこと、また、県外生の寮暮らしをサポート少年議会に吹いた新しい風【池田貴之任して、まず感じたのは、教職員ではない多くの方々が頻繁に出入りしていることでした。職員室には、2名の教育コーディネーターの席が配置され、観光ビジネス」や「ジオパーク探究」といった授業には、専門性を備えた地域おこし協力隊の方たちが協力してくれています。同授業を担当する商業科の後藤正樹先生も、「若い人、外部の人ならではの発想に気づきをもらっている」と話しています。先日、生徒に誘われて校外学習についていったところ、教員と外部人材を合わせた大人の数が、生徒とほぼ同数だったのには驚きました。役場や商工会の方々、民間の事業所を含め、こうした外部人材との良好な関係は、県のモデルケースとして紹介されることもある本校の特色ある学校運営の柱です。長年にわたって築かれてきたこの関係を大切に育てていくことが私に課せられた役割だと認識しています。【近藤信司教頭】 酒田市出身の私は、高校時代は山岳部で鳥海山に登り続けてきました。しばらく県の内陸部に住んでいましたが、遊佐高校勤務の辞令が出て、20年ぶりに鳥海山が見えるこの地に戻ってきたときはハンドルを握る手が震えたほどです。本校の魅力は、一人ひとりの表情が見えること。W□ □□□□校長】 今年度本校の校長に着□□□□山形県立遊佐高校の想い地域の方々が出入りする開かれた学校26左から、近藤信司教頭、池田貴之校長、後藤正樹先生。(撮影/米屋健吾)2026 JUL. Vol.459合同会社dano 代表一般社団法人遊ばざるもの学ぶべからず 理事貴さん合同会社Oriori 代表一般社団法人遊ばざるもの学ぶべからず 代表理事藤川かん奈さん伊藤大
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