地域のために、と背負うより小さな穴を掘って進む「アリの歩み」を手の届く景色から高橋久美子愛3作家・作詞家今号のオープニングメッセージ媛県の東予にある、小さな町で生まれました。実家は兼業農家で、家族みんなで過ごした田んぼや畑が、私の原風景。しかし最近は担い手不足の問題もあり、荒れ放題の土地が増えています。仕方なく田畑を手放す人も。とうとう実家周辺の農地を、ソーラーパネル業者に売る計画が立ち上がったのが、2019年。東京に拠点があり、それまでは農繁期に月1で帰って手伝う程度だった私ですが、「あの大好きな風景が消えてしまうのは、いやだ。誰もやらないなら、私が残したい!」と思ってしまった。一人では無理。だけど、仲間がいればきっとできるはずだと。そして、実家の隣町に住む若い人たちを仲間に引き入れ、愛媛と東京を行き来しながら、実家周辺の土地で農業を始めました。機械化や自動化がなかなかできない中小規模の農業は、想像以上に過酷でした。サトウキビの栽培に挑戦したところ、猿に畑を襲撃されて、全滅。夏は酷暑が続き、熱中症に。猪にモグラ、雑草に長雨。うまくいかないことばかり。でも2年越しにサトウキビの栽培に成功し、それをピカピカの黒糖にすることができたのは、本当に嬉しかった。自分が食べるものを、自分の手で生産する喜び。仲間と一緒に、それを分かち合う楽しさ。最初のころは「久美ちゃん、甘いわ」「どうせ長続きしない」と訝しげだった近所の人たちも、次第に「若い人が農業について興味をもってくれて、嬉しい」「地域が明るくなった」と喜んでくれるように。少しずつ「やった」と思える瞬間が、積み重なっていきました。 少子高齢化の進む今、若者は、どの地域でも貴重な存在になっているでしょう。でも、若者が地域を“背負う”ことはないと、私は思います。第一、まだあまり経験を積んでいないのに、そんな大きなものを背負ったら、潰れてしまいますよね。 もし、「地域のために何かしなければ」と思う高校生がいたら、「あなたが生きているだけで、もう地域のためになっている。そんなに気負わないで」と伝えたいです。いきなり地域に大きな穴を開けるのは無理。だから、アリが掘るくらいの小さな穴を掘って、少しずつ、少しずつ進んでいく。自分に掘れるサイズの穴を掘っていった先で、仲間が見つかったり、地域の人からの信頼を得られたりするのではないでしょうか。遠くのことを憂う前に、まずは自分の半径300メートルの範囲を大切に。ちょっと近所をぶらぶらして、畑仕事をしているおばあちゃんに「草むしり、手伝いましょうか」と話しかけてみるくらいのことで、きっと十分なんです。すぐそばの大切な場所にも、やれることはたくさんあるはずですから。たかはし・くみこ●1982年、愛媛県生まれ。鳴門教育大学在学中、ロックバンド「チャットモンチー」にドラム、作詞家として加入。音楽活動を経て、詩、小説、エッセイ、絵本の執筆のほか、さまざまなアーティストに歌詞提供を行う。現在は愛媛と東京の二拠点で暮らし、愛媛では農家をしている。2026 JUL. Vol.459わたしの農継ぎ(ミシマ社)取材・文/塚田智恵美
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