カレッジマネジメント177号
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豊富な資産で新機軸を展開する新しい形の収入源をどう考え出すか中世から始まる長い歴史を見てみると、金のない貧乏な大学もあったし、王侯貴族や封建領主をも凌ぐほどの蓄財に成功した大学もあった。この現代においても、一方で全く予算のつかない旧社会主義国の大学があるかと思えば、何兆円もの基金を積極的に運用して、ますます資産を増やしている大学もある。特に近年話題になるのは、アメリカの大学の蓄財ぶりである。本書によると、2010年度の保有資産の額を上位から並べると、ハーバード大学の276億ドル(2兆6000万円)をトップに、以下エール大学(167億ドル)、プリンストン大学(144億ドル)、テキサス大学機構(141億ドル)、スタンフォード大学(139億ドル)という順番になる。この5大学がかねてからアメリカでも、最も富裕な大学として、世界中に名を轟かせていた。ハーバードの運用収益は、学生一人当たり年間500万円に達する。その上、ここの授業料は高くて年間300万円を超えている(日本の私学の3倍)。つまり学生一人当たり800万円を使うことができる。これだけの資金があれば、様々な新機軸を展開できる。札束を積んで世界中から一流教授を引き抜いてくることができる。教授だけでなく、将来性のある学生であれば、多額の奨学金つきでハーバードに呼び寄せることができる。優秀な学生を集め、優秀な教授に教育をさせれば、やがて何人かは世界的なリーダーとなれる。さらにはハーバードでは、ほとんど連日のようにキャンパス内で、ノーベル賞やそれに準ずる賞の受賞者の講演が行われている。学生ばかりでなく教員や市民も聞くことができる。大学全体が連日著名人の講演、演劇、パフォーマンスに溢れている。ハーバード全体が学問、科学、芸術、美術のテーマ・パークになっている。いったいノーベル賞受賞者を講演に招くには、どれだけの費用がかかるのか。決して半端な金額ではない。そういうことができるのは、まさに学生一人当たり年間800万円もの資金を使えるからである。さらによく起こる例は利益相反である。研究者がある企業から資金提供を受けて、ある薬の効用実験を依頼される。実験の結果、その薬が役に立つどころか、有害であると判明した場合、製造会社はその実験結果の公表をさし止めようとする。しかし研究者が科学的良心にしたがって、その事実を公表してしまえば、製造企業との間で利益対立が起こる。研究者は科学的な結果に忠実であるべきか、それとも資金提供者の利害に忠実であるべきか、こうした種類の利益相反が各地で起きている。なかにはそれが損害賠償事件に発展した事例も紹介されている。本書はこうした最近起きている具体的な事例をあげ、さらには大学スポーツの営業成績まで視野に含めた検討をしている。公費が削減されれば、何か新しい収入源を考えなければならない。それが様々な利益対立の原因となる。いったいこれだけの資金はどこから集めるのか? 資産運用、寄付金、授業料は従来型の収入源であるが、最近ではその上、大学内で行われた発明・発見を特許申請し、営利企業にライセンスすることで、その使用料を徴収する方式が始まった。これを可能にしたのが「バイ・ドール法」であるが、いったいこの研究成果のライセンス化が何をもたらすか、かねてから注目されてきた。新たな発見があったからといっても、それを隠しておいて、特定の企業にライセンス料と引き換えに譲り渡すようになると、新知識の流通がスムーズにいかなくなる。しかしそれだからといって、新発見を今までのように無償で研究者コミュニティに開放していたら、研究経費の高騰した現代では、研究そのものが続かなくなってしまう。(2012年 中公新書ラクレ)宮田 由紀夫 著『米国キャンパス「拝金」報告』

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