カレッジマネジメント177号
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を持ってくれるのは慶應の良さだが、センター試験はそうした理念に合った入試方式ではないためである。もう一つの理由は、センター試験は知識習得型に比重があることだ。センター試験の問題は工夫されており、非常に色々な角度から受験生の能力を見ることができる良問だが、上位層ではほとんど得点差がつかず、潜在的能力、思考力、創造力を持った学生を選抜しづらい面もある。座学だけでなく、未知の課題に挑む総合的能力を備えた学生こそ獲得したいし、国際化の時代においては、異文化を単に理解するだけでなく、主張の違いを乗り越えていく交渉力・コミュニケーション能力を備えた人材が重要だ。こうした全人教育型にシフトしており、それにあった入試方式を模索すべきだという思いからである。慶應の個性に合った総合的能力を見る入試とは、具体的には広い意味のAO入試だという。時代に逆行していると思われるかもしれないが、他大学が行っているAO入試とは異なる新しい形でのAO入試である。最近は法学部のFIT入試が着目されているが、ずいぶん前から文学部の自主応募制による推薦入学や湘南藤沢キャンパスのAO入試も行ってきた。こうした入試を経て入学した学生は、入学後のパフォーマンスが高いことが追跡調査から分かっているし、例えばSFCのAO入試も常に見直しを行っており、丁寧な選考を行っている。単に地方出身者を増やすことを目的とするのでなく、理念・方針に沿った形で地方の優秀な学生を増やそうとしている姿勢は、入試の内容にも表れている。慶應では国語の試験をしている学部はなく、すべて小論文、論述という形をとっている。文学部でさえ、30年以上前に国語の試験をなくした。地方の国公立大学を目指す学生であれば、別の勉強の仕方をしなければならない慶應は一般的には選びにくいし、高校の先生も勧めない可能性も高い。そういった意味で、奨学金や寮だけで地方の学生を引き付けるのは難しいかもしれないが、総合的能力を持った人材を獲得して、教育をするという方針を大事にしている。「量から質への転換」は地方出身者の学生確保だけでなく、国際化についても同様だ。かつては、留学生数を増やすことを一生懸命やってきたが、最近はそれぞれの学部でどのような留学生が欲しいのかという議論をするようになっているという。例えば理工学部では博士課程の学生など一緒に研究をするような留学生を増やしたいし、文学部では日本の文化や歴史に興味を持ち、日本語で学び、帰国後に日本の良さを伝える学部段階の留学生を増やしたいなど、国際化といっても学部によって目指す内容は異なる。こうした質を重視した改革を支える上でも重要なのが、各学部・キャンパスの自律性を活かした運営だ。学外からみると、図2に示したように最近の施策は非常に一貫性があるし、全学と並行する形で各学部の施策もなされているように見えるが、必ずしもトップダウンによる全学的な施策ではない。「学問のすゝめ奨学金」と法学部のFIT入試は非常に似た施策だが、それぞれの議論の中で作られたものが偶然にも、同時期で類似の内容だったという。またいずれの施策も発想から1年もかけずに、実施に移している。慶應の運営スタイルとして、学部・研究科・キャンパスの自律性を非常に尊重し、それを活かす形で法人が支援する形ができ上がっており、「いったん議論が始まると進むのが早い」特徴がある。他大学から見れば羨ましい話だが、経営と教学の一体化がうまくいっているからではないかという。法令上の最高意思決定機関である理事会は、理事長兼学長である塾長、塾長が指名する常任理事、学内理事としての学部長等、卒業生評議員からの学外理事という異なる3つのグループの代表者から構成されている。そこで主要な物事を決めるので、経営サイドは教学のニーズを的確に把握できるし、教学側も要求だけでなく、財政的な難しさも理解するようになる。100年ほどの時間をかけて、こうした意思決定と執行のあり方を作ってきたことが機動的な経営につながっているという。“高質の教育(絹)を提供するのであれば、それに見合った値段をつけるべきだ”という福澤の絹と木綿論を展開し、日本で最初に定額の授業料を徴収した大学は慶應であったが、今回の取材では慶應らしいこだわりとポリシーを感じた。こうした慶應らしい改革が今後のさらなる発展にどのようにつながるのか、楽しみに見守りたい。(両角亜希子 東京大学大学院教育学研究科 講師)※1 両角亜希子(2010)「大学生の経済環境と学習・生活」『IDE 現代の高等教育』No.520、41〜47頁。リクルート カレッジマネジメント177 / Nov. - Dec. 201225経営戦略としての学 費学部・キャンパスの自律性を括かした運営

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