カレッジマネジメント177号
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「米田吉盛教育奨学金」を創設し、広範な奨学事業が整備統合されてから3年目を迎える今、いかなる成果がみられ、いかなる課題に直面しているのだろうか。その成果は長期的な視点で検証していくべきものだが、学部・大学院ともに志願者数は増えており、「経済格差を教育格差に及ぼしてはならない」といった伝統を生かした奨学金制度の充実が評価された結果ではないかという。多様な奨学金制度を用意することで、受験生や保護者に対する周知が大幅にアップしたと学長はいう。その一方で、検討すべき課題もではじめている。例えば、草創期より導入され、創立者の思いを色濃く残している「給費生」試験の歩留まりの問題である。試験に合格しても、実際に入学する学生は1割程度にすぎないという。ここ数年は経済状況の悪化もありその率は高まっているが、センター試験前に実施される試験を「腕試し」として受験する学生も少なからずいるのだろう。試験での合格得点率は80%を目安にしているが、その高い基準をクリアするような優秀な学生は大学側にとってやはり魅力的であり、「いかにして合格者のせめて3割に来てもらうか」が今後の課題だという。また「学生は皆平等である」という意識は大切であるが、給費生として入学した学生を満足させる独自プログラムの検討・開発や、その成長を評価する仕組みづくりなど、もっと大枠の検討をしなければいけないと学長はいう。また、奨学金制度改革の目玉でもある「成長支援」の分野が十分に機能していない問題もある。中でも、「自己実現・成長支援奨学金」「指定資格取得・進路支援奨学金」に関しては、掲げる目的に対して十分に機能しているとはいえないという。「自己実現・成長支援奨学金」は、「学術、文芸、スポーツ、社会活動など、様々な分野において明確な目標を持ち、優れた業績を上げ、さらに挑戦し続ける意欲のある学生を支援します」とうたう奨学金制度である。選考委員会レベルで検討・審議になると順位をつけなければいけないが、多様な基準での応募者を「公平に、客観的に順位づける」ことは困難である。評価そのものが数値的に表現することが難しい活動もある。結果として、かねてより競争的分野で活躍している活動への支援となり、成長意欲がある新たな取り組みの発掘や支援という点では十分に機能していないという。「指定資格取得・進路支援奨学金」は、「公認会計士や税理士、国家公務員採用総合職試験など難易度の高い資格試験合格や、TOEIC®での高得点取得などに挑戦し、実績を上げた学生を支援します」とうたう奨学金制度である。しかし現状では、語学などの特定の試験の高得点取得者への報奨金になっており、大学側で期待するような難易度の高い他の資格試験へのチャレンジや合格実績につなげることはなかなか難しいという。神奈川大学では、ホームページなどを通して積極的に奨学金制度の広報を行っており、高い評価も得ている。今後はそれにとどまらず、学生の家庭の資産情報に応じた提案なども含め、学生や保護者に対して十分な説明を分かりやすく行うだけの職員の金融知識も必要であるという。現在は予約型の奨学金制度を設けていないが、受験生が安心して進学できるよう、今後は検討を進めたいと学長はいう。学費、キャッシュフロー、奨学金の種類などを、個々の受験生の家庭に応じて適切に説明できる人材の育成は、多くの大学にとっても課題であろう。教育機関がお金の話をするのはタブーといった認識が大学側にはまだあるかもしれない。しかし、受験者側、特に保護者にとっては重要な情報である。大学への進学がユニバーサル化する中、社会における大学の役割にも大きな変化が求められており、大学にも構造改革の波が押し寄せている。神奈川大学は、奨学金制度のパイオニアとしてその名が知られているが、その名に安住しているわけではない。都市型中堅私立大学として、一部のエリート層の養成というよりは、良質なミドル層の育成を使命と捉え、それを意識した学生の成長支援に力を入れており、そのための装置・手段として、奨学金制度を戦略的に活用しようとしている。良質なミドル層を充実させることは、現代の日本社会において極めて重要な課題である。その育成は、神奈川大学のみならず多くの大学に求められている役割であり、具体的な方策について、自校や自校の学生の状況を踏まえながら戦略的に検討していくことが必要であろう。(望月由起 お茶の水女子大学 学生支援センター准教授)リクルート カレッジマネジメント177 / Nov. - Dec. 201229経営戦略としての学 費奨学金制度改革の成果と課題奨学金制度改革の成果と課題

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