カレッジマネジメント189号
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この教員はシニア教員で、自分であれば対面授業の方がオンライン授業より良いと思っていた。しかし現代の学生は、インターネットやテキストを通じて日常の情報摂取をしており、対面よりインターネットを通じての方がリーチが良く、より多くを吸収してもらえる。学生が変容してしまった以上、教育の提供手段も変えなくてはいけない。在学生には現在、高額の授業料を支払っていることに付加価値をつけるため、対面授業は当初週3時間あったものを1.5時間に削減する一方、アクティブ・ラーニングをしたり、ゲストスピーカーを呼んだりしている。 多様な教育方法を試みる──社会科学系分野の取り組みここまでは理系科目の反転授業の紹介であった。MOOCsはもともと講義の効率化、自動化を念頭にコンピュータ科学系の教員が始めたものであるから、反転授業も勢い、オンライン教育モジュールが形成されている理系分野でまず増えた。しかし、オンライン教育を参考図書と考えれば、文系のゼミは元から反転授業を行っていたようなものであるから、文系の科目でも、オンライン教育を用いた反転授業は有効であろう。バークレーでは、国際政治の分野で、多様な教育方法を試みる実験をしていた。1)オンライン教育のみ、2)反転授業のみ、3)オンライン教育と反転授業を組み合わせたハイブリッド授業である。オンライン教育では、講義を全てオンラインに移行し、通常行う確認テストや課題提出などもオンラインで行った。反転授業は、初めの2週間のみ講義を行い、学期の残りは全てTAが学生のグループ討論の面倒を見た。ハイブリッド授業では、週3回ある授業のうち1時間はオンライン講義とし、その代わり金曜日に集中して4時間、小グループで議論する時間を設けた。社会科学系の科目であるから、知識量ではなく、学生の批判的思考(critical thinking)が育成されること、即ち学生の創造性や想像力、分析的思考力が身につくことが教育目標である。この教育の狙いから言うと、クラス1割程度のやる気のある優秀な学生は、どの形態の授業でも成長が見られた。他方、5〜6割の平均的学生については、オンライン教育の場合も反転授業の場合も、教員からみて学習到達度は不十分であった。学生はこれら教育方法を好んでいたが、学生に自由度を与えすぎたようである。結果として、一番良かったのはハイブリッド型である。4時間も集中的に議論することで、教員も学生も完全燃焼でき、社会科学に必要な批判的思考が育成されているようである。学生の満足度も一番高かった。結局、社会科学系の科目の場合、オンライン教育は、議論に必要な知識を定期的に注入するのに役立つ程度ということのようである。なお、落ちこぼれる学生については、オンライン教育のみの場合、どうにも軌道修正をすることが難しかった。メール等で連絡をとってもレスポンスがなくなる。一定の対面は定期的に必要という結果が得られた。全学的に反転授業を推進するここまでは、それぞれの学問分野ごとの個々の教員の取り組みを紹介してきた。米国ではMOOCsが当初、高等教育の代替手段として見られ、中堅大学以下不要論や教員不要論が一時期沸き起こったことから、教員が危機感を持ち、自分の授業の価値を示すためにも、教育に工夫をする教員が一定数生まれた。またこうした背景から、「教育のイノベーション」に向けての空気が生まれ、教員個々人のレベルでの取り組みが出てきた。一方、全学的に反転授業に取り組む大学もある。韓国科学技術院(KAIST)である。正確に言うと、彼らはMOOCsや反転授業などが世界的に推進される前にこの全学的イニシアティブを検討、開始しており、彼らの表現ではこれを「Education 3.0」と呼んでいる。「Web 3.0」からのアナロジーである。ウェブの世界では、一方通行の情報提示であったWeb 1.0から、双方向の情報交換のできるWeb 2.0へと現在は移行し、これからは個々人の嗜好にあったパーソナルな対応が可能となるWeb 3.0へ進化するとされている(次ページ図表4)。KAISTは、こうした学生一人ひとりの学びにアプローチできるEducation 3.0を志向しようとしている。43リクルート カレッジマネジメント189 / Nov. - Dec. 2014
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