カレッジマネジメント192号
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21提案が容易く受け入れられたわけではなかった。当時、経済学部長として政策室案に向き合った本間雅美副学長によれば、一般の学部教員の間では、「5学部を維持し、定員を削減すれば良い」という認識が存在した。しかし、実際の財務状況を検討すると、定員を削減すれば予算そのものが組めなくなるという状況が判明した。そこで、学部長側として3学部案を提示し、政策室案と並べて検討を行った結果、1学部(学群)案以外にないという結論に至った。次に、2012年度には、事務組織改革が行われた。山田理事・副学長によれば、前年度に1学部案が承認されるまでに、1回当たり4〜5時間の会議を30回以上重ねる必要があった。それゆえ、改革に係る負担を軽減するとともに、どの執行部でも継続的に改革を実行できる体制を整えることが次なる目標として設定された。結果として、政策室が改組され、職員を長とする新たな事務局組織として経営企画室が設置された。さらに、1学群制がスタートする2013年度以降は、法人改革が進められた。これは、意思決定に係る労力をできる限り削減するという趣旨によるものだ。前述の通り、多くの大学と同様、長年にわたり非常勤の理事長を置いていた札幌大学では、本来は理事会の判断により決定すべき事項について、実質的に教学組織の意向により運営できる仕組みが整えられていた。その中には、教育に関する日々の営みに大きく関わる事柄も含まれており、依然として全学的に教育改革を進めることは困難だった。そこで、理事会の権限を明確化するために2013年度中に寄附行為の改正に関する検討が進められ、2014年5月に改正案が承認された。山田理事・副学長によれば、「従来は当然のこととして明記されていなかった理事会の権限を、寄附行為において一つひとつ定めていった」という。中央教育審議会から「大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」(2014年2月)が公表され、それに対応する学校教育法等の改正(2014年6月)が行われたのは、札幌大学が自らの文脈の中でガバナンス改革を進める最中のことだった。学外の状況を「追い風」としながら、次に着手したのは大学内の意思決定プロセスの改革、即ち、教授会の改革だ。先にも述べたように、1学群化に際して、学類・学系に意思決定の権限を認めていた。これにより、意思決定の効率化・迅速化は十分には図られなかった。1学群化から程なく、教員は学類や専攻に帰属意識を持つようになり、「13の新しい学部ができた」という声も聞かれるようになったという。こうした状況を受け、意思決定機構をスリム化するため、全学教授会に相当する教育研究協議会を設置するに至ったのだ。以上の組織改革は、どのような成果をもたらしたのだろうか。鈴木淳一理事(一連の改革及び札幌大学スタンダードの策定には副学長として関与)は、「意思決定に関わる教員の数を削減することで、何かを決めることができるようになった」とする。鈴木理事は、具体例として「レイターマッチング」に対応する形で強化された教員によるアドバイザー制度を挙げる。この取り組みは、学内で70人程度の教員が任命され、教員1人あたり10人程度の学生を担当し、入門演習や基礎演習という初年次科目の中で共通の教材を用いながら専攻の選択に関する指導・助言を行うものだ。鈴木理事は、意思決定が学部ごとに行われ、各々に教育活動を展開する過去の状況を踏まえれば、共通の教材を使って授業を行うことを決定し、実際に教材を作成したことは大きな意味を持つという。他方で、決定事項を確実に実行に移していくことが今後の課題であると指摘する。最後に、一連の改革に携わったことに対する感想をうかがうと、桑原学長は「当初、学長がこれほど大変なものとは思っていなかった」と苦笑いし、山田理事・副学長は「今は乗り切ることで精一杯」と吐露する。それほどまでに、大学の組織改革には忍耐力や精神力が求められることを痛感する。それでもなお、組織改革を実施した現状を「スタート地点に立ったところ」と評し、今後の目標について「健全な社会人の養成」、「受験生に選ばれる大学」と回答する桑原学長の口調や眼差しからは、札幌大学や学生に対する熱意と地域社会に対する使命感が伝わってきた。札幌大学の組織改革は、多様化した学生に応じた教育を提供するための体制作りという点で、初期の目標を一定程度達成したように見える。しかし、そのような体制作りが学生の学習成果にどのような形で影響を与えたのかについては、新たな体制の下で学んだ学生が社会に旅立つ段階で顕在化してくるものと思われる。改革の成果に今後も注目したい。リクルート カレッジマネジメント192 / May - Jun. 2015(橋場 論 福岡大学 教育開発支援機構 講師)特集 変革のドライブとなる組織運営改革意思決定ができる体制を整え改革のスタート地点に

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